「生まれたときから婚約者が決まっていたけれど、不満に思ったことはなかった。
その人はいつも優しくて、整った顔立ちをしていた。周りの人たちからは、美男美女ね、お似会いよ、と口々に言われた。



彼は私と会うたびに、珍しい宝石を嵌め込んだ簪や帯留めをくれた。
素敵な婚約者様ね、と友人たちから言われて鼻が高かった。



夜会があるんだ。僕の婚約者として一緒に出てくれないか。
そう誘われたとき、本当に嬉しかった。大好きな緋色の生地でドレスを用意した。貴女の黒くて長い髪に深緋のドレスはよく似会っている、と仕立て屋は言った。
夜会が楽しみだった。人前で恥ずかしくないようにと何度もダンスの練習をして、毎日胸を躍らせていた。



でも、夜会まであと七日というところで怪我をしてしまったの。全て私の不注意だった。熱いお湯を顔に浴びてしまった。
お父様が色々な所からお医者様を呼んでくれたけれど、誰もが首を横に振るばかり。
残念ですが、お嬢様の火傷の跡は一生残ります、と。
それでもよかった。どんなに醜くなったって、あの人は私を愛してくれる。そう思っていた。



夜会には不参加だ。婚約も破棄する。
あの優しかった瞳はこんなにも冷たかったかしら。あの耳に心地よかった声はこんなにも胸に突き刺さるものだったかしら。
こちらを一目見ただけで部屋を出て行く人を見ながら、それだけを思った。



それから数カ月が経ち、婚約者だったあの人がどこかのお嬢様と結婚するのだと聞いた。
考えるよりも早く、体は動いていた。久しぶりに外に出て、夜会が行われる館の木陰に身を隠した。
しばらくして目に飛び込んできたのは、優しく笑うあの人と、可愛らしい娘。私が立つはずだったそこで幸せそうに笑っている。



恨めしい。羨ましい。
その思いだけがこの身を支配していた。
気付いたときには、一度も着ることの叶わなかった赤いドレスと共に真っ黒な水に呑まれていた。ドレスが水を吸ってとても重い。息が苦しい。



そのとき声が聞こえたの。恨めしいかって。それに頷いた。出来ることならば仕返しをって。
そうしたら急に周りが明るくなって、広い板張りの部屋にいることに気付いた。息苦しさは無くなっていて、濡れていたはずのドレスも乾いていた。目の前には、御簾越しに人影が見える。



御簾が動いて、中にいた人が姿を現す。
私が少しだけ手伝おう。
そう言って渡されたのは、見たこともない真っ黒な蝶々。
これを使えばいい。君の望み通りになる。
何て親切な人なのでしょう。こんな私に手を貸してくれるなんて」








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テーマ「人外ファンタジー」
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