跡部の半歩後ろで笑顔を浮かべているのが苦行になってきた頃、羽織の裾が小さく引かれた。俺にしか見えない大きな黒い犬が、こちらに顔を向けている。

「朔、どうしたの?」

小さく問いかければ、付いて来いと言いたげに朔は再び俺の着物を引く。跡部はまだ歓談しているから抜けても問題ないだろうと判断して、朔に付いて歩き出した。



人の合間を縫って会場の出入り口へと近付くにつれ、ようやく違和感を覚える。僅かに密度が濃くなる空気。ぞわりと肌が粟立つような感覚。
外へ出ると、それが一層際立った。月どころか星さえも姿を現さない闇に、無数に飛びまわる蟲が見える。

「精市様、お気をつけ下さい」

姿を現した赤也に頷いて、蟲が寄り集まっているところを見遣った。黒々と蟲が密集する真中に、髪の長い女がいる。

「あら、夜会も終わっていないのにどうなさったの?物騒ですもの、女一人では危ないわ」

腰まである髪と血のように赤いドレスを蟲が起こす風に揺らしながら、女は声を発した。

「お前たちのこと、見えてないみたいだね」

右に赤也、左に朔を従えて、呟く。
女を装っているとはいえ、中身は男だ。女と男である陰と陽の判別もつかず、式神も見えないとなれば、下等な霊である。彼女はただの亡者にすぎず、死んでいるが故に蟲を使役することは出来ないはずだ。

「男爵家の令嬢を殺したのは、あなただね?」

そう問うと、女は顔色を変えた。引き攣った笑みを浮かべながら、女は再び口を開く。

「私を罰しようというの?ふふふ、いいわ、教えてあげる。あなたの婚約者も、所詮紛い物の愛を唱えているということを。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだわ!」

一際強い風が起こり、長い髪に隠されていた女の顔が露わになる。その顔半分には、酷い火傷の跡が浮かび上がっていた。











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