「こっちの珊瑚色が可愛くて良いんじゃね?」 「精市にはこの若紫の方が似会うのではないか?」 座敷一面に広げられた鮮やかな着物を見ながら、約束通り遊びに来た丸井と筆を休めた蓮二が品定めをしている。 跡部が見繕ったという着物は十枚以上あり、それに合わせて半襟や帯、帯止めも用意されているものだから、母屋の一室はここ数日華やかに占拠されていた。杏に菫、千草に橙の色が目に飛び込み、菊や銀杏の柄は鮮やかな金糸銀糸に彩られる。 こういうのは年頃の娘さんたちが着るから良いのであって、と溜息を吐いたときに、第二の訪問者が現れた。 「久しぶりじゃのう」 そう言って部屋に入って来た仁王は、柳生と共に情報屋を営んでいる。今日呼んだのは、変装が得意なこいつに着付けや化粧を手伝ってもらうためだった。 「着物はどれにするか決めたんか?」 「全部お前に任せるよ」 ふむ、と一つ頷いて、仁王は豪華絢爛な着物の海を歩き始める。お茶を入れるために蓮二は立ち上がり、炊事場へと向かう。手土産に持って来た菓子を切り分けようと、丸井も後に続いた。 丸井が作ったという菓子は、ほんのり甘く口内に染み渡る。それをゆっくり堪能する間もなく、仁王が選んだ着物に着替えさせられた。 黄朽葉色の生地には朱色や緋色、萌黄の紅葉が舞い、黒地の帯には寒椿が織られている。結うには短い髪は項で綺麗にまとめられ、帯に合わせた紅い寒椿の簪を挿された。最後に薄く化粧を施され、仁王の骨ばった指に紅を引かれる。 「完成じゃ」 満足気な顔で仁王が笑うと、始終様子を見ていた蓮二と丸井から何故か拍手が起こった。 「幸村くん、すっげぇ綺麗!!」 「見事だな、精市」 手放しで褒められ、少し気恥ずかしくなる。 身体が丈夫でなかった幼い頃は女の子の格好をさせられていたけれど、この年になってまたこんな格好をするとは思わなかった。 「ありがとう」 そう礼を言ったところで、表の道からガラガラと車輪の音が聞こえてくる。迎えが来たようだった。 → |