※慶応三年、霜月

枯れ時雨



長床几に腰かけて、重たい雲が垂れ込める空を見上げた。気晴らしにと思い清水まで来たはいいが特にすることがあるわけでもなく、目に付いた茶屋に入ったのはつい先ほどのことだ。
小さく息を吐いたとき、新たに入って来た客が隣に腰を下ろした。

「話がある」

聞き覚えのある声に横を見れば、斎藤がそこにいた。こちらに視線を遣ることもなく、斎藤は小声で話していく。

「俺は御陵衛士を抜けて新撰組に戻る。お前はどうする」

間者だ、と打ち明けたに等しい斎藤の言葉に、俺は驚かなかった。どこかで薄々感付いていたのかもしれない。こいつが自分の意思で総司の傍を離れる訳がないのだ。

「夜五つまで、祇園の鶴屋にいる。気が向いたら来い」

団子とお茶が運ばれてきて、斎藤は口を噤んだ。しんと冷えた空気の中で、隣の仏頂面の男はくるくると団子が刺さったままの串を弄んでいる。
馬鹿じゃないのか、と思った言葉はそのまま口をついて出た。高台寺に戻り、斎藤が間者だと一言言えば、斎藤を殺すために御陵衛士は鶴屋に向かうだろう。敵に居場所を晒すなど正気の沙汰ではない。

「……俺は、行かない」

思いのほか掠れた声が出た。弄んでいた団子を、斎藤が齧る。



「総司はどうしてる?」

一つ気になっていたことを尋ねると、少しだけ斎藤が表情を曇らせた。

「……俺も長いこと会っていないが、最近は寝込むことが多くなったと聞いている」

そう、と短く呟く。冷たい部屋に一人寝かされる総司を想像して、眉を顰めた。


ぱらぱらと降り始めた雨に促されるように、斎藤が立ち上がる。これが見納めになるだろう、と確信した後ろ姿に、声をかけた。

「斎藤、総司のこと頼んだよ」

俺はもう総司に会うことはないだろうから、そう思って吐き出した言葉に、斎藤は顔を歪めた。
言われなくてもそのつもりだ、と答えた後、斎藤は一つ息を吐く。

「俺はお前のこと、嫌いではなかった」

それだけ言うと、斎藤は雨の中を歩き出した。



「分かってるよ、そんなの」

自分にも聞こえるか聞こえないかのごく小さい声で、もう見えなくなった斎藤に対して呟いてみる。
何を考えてるか分からない奴だったけど、嫌いだったわけじゃない。総司を中心にして三人で一緒にいた数年間は、俺の人生の中で最も楽しいものだった。



一口だけ茶を啜って店を出る。何もかもを打ち消すように降る雨の中、踏み出した足はとても重かった。









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