「俺に気を遣わず、跡部殿と夕餉を共にすればよかっただろうに」 久々に会えたのだろう、とこちらのことなど見透かしたように笑う蓮二に、肩をすくめてみせる。 行きつけの店に来た俺たちは、通された座敷で料理が運ばれて来るのを待っていた。降り出した雨が、『割烹 東溟(とうめい)』の屋根を叩く。時折雨音に混じって、雷鳴が響いた。 「それで、犯人は見つかりそうか?」 「……どうだろうね。朔に追わせたんだけど、蟲に付いてた臭いが薄すぎて途中で分からなくなってしまうんだ」 跡部が何か思いついたようだったけれど、と言ったところで襖が開き、丸井が顔を覗かせた。 「話の途中?料理運んじゃっていい?」 その問いに頷きを返すと、丸井は手際よくいくつかの小鉢やお椀を並べていく。丁寧に盛りつけられた色どり豊かな料理は、見ているだけでも楽しめる。 きのこの天麩羅、湯葉の琥珀あんかけ、と丸井は一品ずつ説明してくれた。まだ修業中ではあるけれど、じきに評判の板前になるだろうと噂されているこの丸井は、ひょんなことから知り合った友人である。 「じゃ、ゆっくり味わってくれよい」 と言って座敷を出て行きかけた丸井は、何かを思い出したように振り返った。 「五日後、遊びに行ってもいい?」 尋ねられた蓮二は、笑みを浮かべて快諾する。それに礼を言うと、丸井は廊下に出て襖を閉めた。 いただきます、と蓮二と共に挨拶をし、お椀を手に取る。蓋を開けると同時に、柚子の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。 → |