桜花舞う



「宗次」

試衛館の門をくぐったところで、ちょうど稽古を終え道場を出て来た宗次朗を見つけた。

「……土方さんなら、行商中ですよ」

名を呼んだ俺を見て発された言葉は、歳さんの不在を知らせるだけのもの。どうやら俺が歳さんに会いに来たと思ったらしく、年齢よりも幼く見える顔がわずかに曇っている。
宗次郎の反応を見て、なんて可愛らしいのだろうと微笑ましくなった。同じ年のこの少年の態度は、一年前に出会ったときからこんな感じだ。歳さんをとられるのではないかという不安を、顔に滲ませて俺を見てくる。

「お前さんを誘いに来たんだ」

美味い団子があるよ、と言えば、固かった表情が少し和らいだ。宗次郎と仲良くなるために甘味を使う、という策はなかなか上手くいっている。試衛館に来るのも、歳さんではなく宗次郎と会うためだということにそろそろ気づいて欲しいが、第一印象はそう簡単にひっくり返らないようだ。
着替えてきます、と言って去っていく宗次郎を見送って、澄み渡った空を見上げる。どこかで鶯の鳴く声がした。



どこもかしこも桜色に包まれる季節の江戸は、いつもより賑やかに感じられる。咲き乱れる桜を見て、それから隣の宗次郎に目線を移した。団子を頬張っている姿は何かの書物で見た栗鼠のようで、やはり可愛い。歳さんが大事にする気持ちも分かる。
俺の視線に気づいた宗次郎がこちらを向いて、頬を緩めた。美味しいです、と呟く口元に付いていた餡子を、親指で拭ってやる。


出会った当初に比べたら、幾分表情が柔らかくなったと思う。最初は目も合わせてもらえなかった。ここまで人見知りじゃねえはずだが、と歳さんは首を傾げていたけれど、いとも容易く答えは出るものだ。
俺と歳さんは、花街で知り合った。酒と香と色んなにおいが混じり合ったその場所の話題は、宗次郎に理解することはできない。歳さんをとられたくないという独占欲が、俺への態度を硬化させていた。


夜遊びの一つくらい教えてあげたら、と言う俺に対し、宗次にはまだ早い、と歳さんは眉を顰めながら返す。宗次郎と同じ年の俺が経験しているのに、まだ早いとはどういうことだと可笑しく思った。同時に、歳さんの考えていることも分かる。純粋無垢な子供のまま、汚いことなど何も知らずにいて欲しいという願望。いつまでも綺麗なままなんてことはあり得ないというのに。


歳さんから真綿に包むように大切にされている宗次郎に、興味がわいた。親しくなりたいと思って、こうして何かと理由をつけて誘ってはいるけれど、“友人”にはなれない気がする。知人と友人の間に位置づけてもらうのが望ましい。そうでなければ、真っ白なままの宗次朗を汚してしまいそうだ。誰の足跡も付いていない雪原を、踏み荒らしたくなるように。



「あ、」

小さく声を発した宗次朗が、湯のみを覗きこんでいる。お茶の上に、風によって運ばれてきたらしい花弁がゆらゆらと浮かんでいた。

「風流だねえ」

俺の言葉に、宗次朗はどこかぎこちなく、それでいて愛らしく微笑んだ。初めて見る表情を嬉しく思いながら、正面で咲く桜に視線を遣る。
一際強く吹いた風が枝を揺らして、多くの花弁が空に舞い上がる。透き通った水色に散った桜色が、いつまでも目に焼きついていた。





2011.11.28.

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