恋してピーチ



「丸井先輩がお菓子禁止になったの知ってます?」

シャーペンをいじりながら言うと、そろそろ休憩しようか、と幸村部長は笑った。俺が勉強に飽きたと思ったんだろう。まぁ、その通りではあるけど。
夕日でオレンジに染まりつつある教室で、期末テスト前の勉強会をしていた。めずらしく部長に誘われたのが嬉しくて、いつもは早く終われと思うのに今回ばかりは時間がゆっくりと過ぎますように、と願ってしまう。

「それで、丸井は何でお菓子禁止になったの?」

鞄からお菓子を取り出しながら、部長は尋ねる。机の上に置かれたのは、通常のものよりお高めのデコレーションされたポッキーだ。期間限定らしいそれの箱はピンクに彩られており、小さく桃のイラストがプリントされている。

「仁王先輩との勝負に負けて、罰ゲームらしいっす。一週間、甘いもの禁止だって」

「それはまた、酷なことを」

丸井先輩、今ごろ禁断症状出てんじゃないすか、と言う俺に、幸村部長がポッキーを差し出した。口に含めば、人工的な桃の味が広がる。慣れない勉強で疲れた頭に、じんわりと溶ける甘さが心地よい。


俺にポッキーを与え満足気な顔をした部長は、自分も食べるために袋から新たに一本取り出した。そのポッキーの先端が咥えられたと同時に、勢いよく教室の扉が開く。

「丸井先輩……?」

噂をすれば何とやら、そこにいたのはちょうど話題に上っていた人で、見たこともないような鬼気迫る顔で仁王立ちしている。目が据わっていて、ちょっと怖い。
想像を絶する速さで教室の入り口から窓際の席まで近づいた丸井先輩は、きょとんとしている幸村部長の、未だに口に咥えられたままだったポッキーに齧りついた。

(え、)

それは世間一般に、ポッキーゲームと呼ばれるものに見えた。当事者二人にその気がなくてもだ。
回し飲みとか気にしない人だから、もしかしたら友人の唇が触れるくらい、幸村部長は何とも思わないのかもしれない。丸井はほんとにお菓子がないとだめだね、って笑って済ませてしまうだろう。


遠慮や躊躇の欠片もなく、丸井先輩はポッキーを食べ進めて行く。それはつまり、幸村部長の唇にどんどん近付いていくことでもあるわけで。
そこまで考えたら、頭で考えるよりも早く体が勝手に動いていた。すぱん、っと振りおろした手刀が、先輩たちの顔の合間をぬって、ポッキーを叩き折る。綺麗に折れたポッキーの片方は、みるみる間に丸井先輩の口に消えて行く。
目を瞬かせている部長に、早く噛んで飲みこんでください、とジェスチャーで示しつつ、自分の鞄の中に埋もれてた非常食のチロルチョコをいくつか取り出して、丸井先輩に押しつけた。

「これ、あげますからっ!」

早く出て行ってください、という意味を込めて発した言葉に、久々に糖分を摂って復活した丸井先輩がにやり、と笑う。

「はいはい、お邪魔虫は退散しますよっと」

幸村くん、ポッキーあんがとっ、と言い残すと、チロルチョコをポケットに詰め込んだ丸井先輩は教室を出て行く。
小さな嵐が去ったことにほっとする俺を見て、幸村部長は首を傾げた。

「このポッキー、そんなに気に入った?」

「え?」

どうやら幸村部長は、俺が丸井先輩とのキスを必死に阻止したことを、ポッキーを奪われたくないがための行動と勘違いしているようだ。


ほら、好きなだけ食べたら、と再び差し出されるポッキーを、さっきと同じように口で受け取る。もくもくと食べる俺を見ながら、部長は微笑む。夕日に照らされたその頬が薄い桃色に染まっていて、とても綺麗だった。



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タイトルお借りしました:Fortune Fate

2011.11.11.


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