「華族の娘が、変死体で見つかった」

跡部の話によると、一昨日、男爵家の末娘が無残な姿で発見されたらしい。警察の見立てでは野犬に襲われたのだろうということだったが、それにしてはいくらか不審な点があり、軍にお鉢が回ってきたとのことだ。
調べたところによると、男爵家令嬢以外にも、原因不明で死んだ娘が幾人かいるという。

「全ての娘が、軍人との結婚を間近に控えていた。男爵家以外は、妙な噂がたつのを恐れたために表沙汰にしなかったようだな」

言い終えると、跡部はお茶に手を伸ばした。いくらか冷めてしまったそれを、口に運ぶ。

「跡部が俺のところに来たってことは、“あやかし”絡みってことでいいんだね?」

「ああ、そうだ」

頷く跡部に、遺体は見れるか、と訊きながら立ち上がった。そのつもりでお前を呼びに来た、と言う跡部は、一足先に部屋を出て行く。

「蓮二、行ってくるよ」

「気をつけてな」

蓮二は、俺が肩にかけていただけの羽織を着直させ、足袋を履かせると、玄関まで見送ってくれる。最後の仕上げとばかりに首に襟巻を巻かれ、俺は家を後にした。





元の色が分からないほど血で汚れた綸子の着物は、腹の辺りで喰いちぎられたようにぼろぼろになっている。野犬に襲われたと言われれば納得してしまいそうだが、おかしなことに歯型や爪跡も見当たらない。

「蟲のようだね」

「蟲?」

訊き返す跡部に、簡単な説明を付け加えた。

「普段は、空中にほわほわと浮いているような害のないものだけれど、大量に集め、悪意をもって使役すると、害を為すことがあるんだ。だけど、これほどひどいものは初めて見た」

そう言いながら、遺体に白い布を元通り被せる。跡部は顎に手を添え、何かを考え込んでいた。



口をきくことのない骸に手を合わせ、男爵家を出る。頭上には、今にも泣き出しそうな空が広がっていた。








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