キャラメルとパウダーシュガーのワルツ



ぼんやりと、古那屋の中庭を眺めていた。本を読むでもなく、庭の花を愛でるでもなく、ほんとにただ呆けていただけ。

「毛野、暇してんの?」

横からかけられた声に返事をすることもなく、ちらりと視線だけを遣れば、小文吾が立っていた。そのまま立ち去ればいいのに、このお人好しの鬼は話を続ける。

「姐さんたちは?」

「買い物。たまには女同士で行きたいってさ。九重も連れて行かれた」

そっけなく言った俺をどう思ったのか、小文吾はしばらく何かを考え込んだ。そして、一人で頷いたかと思うと、

「じゃあ、甘いもんでも食いに行くか」

と言い出す。
何が“じゃあ”なのか分からないし、そもそも慣れ合うつもりはない。けれど、いそいそと前掛けを外す小文吾を見ていると断る気にはなれなくて、仕方なく椅子から立ち上がる。俺が小文吾たちといると九重も心なしか嬉しそうだし、と自分に言い訳しながら、古那屋を後にした。




「奢ってくれんの?」

「おう、俺が誘ったんだからな」

当たり前だろと笑う小文吾は、今から行く甘味処について語っている。
恋人と行けばいいのに、と呟いた言葉が聞こえてしまったらしく、顔をしかめられた。


本人には決して言わないけれど、恋人にするには申し分ない男なのではないかと思う。優しいし、料理も上手だし、背も高い。顔も悪い方ではないだろう。老舗旅館の跡取りで、一時期は姐さんたちにも紹介してと頼まれたくらいだ。憂うべくは、変態だという以外は全て完璧な義兄がいることだろうか。まぁ、俺は女じゃないから詳しくは分からないけれど。


俺が物思いに耽ってる間に、小文吾は知り合いに捕まったようだ。隣でただ話を聞いているのもつまらないので、傍にあった小間物屋を冷やかすことにした。
鼈甲に薄紅の珊瑚を飾った簪や、象牙の櫛を手に取ってみる。九重に何か買おうか、と悩んでいると、肩を叩かれた。

「お姉さん、俺がその簪買ってあげようか」

にやにやと下品な笑いを浮かべている男に、眉を顰める。
女と間違われることは多々ある。現に、小文吾も俺を男だと認識するまでに時間がかかった。だけど、楽師の格好をしていないときに、こうも堂々とナンパをされたのは初めてだ。
こういうのは無視するに限る、と身を翻すと、男に腕を掴まれた。

「つれないなぁ。ちょっと遊んでくれてもいいじゃん」

帝都のナンパはしつこい、と姐さんたちが文句を言っていたのを思い出す。これは確かに面倒くさい。男だと言っても、冗談にしかとられないことは今までの経験で学習済みだ。
どうすべきか、と考え始めたところで、腕を掴んでいた男の手が外れ、ぐいっと後ろに引き寄せられた。俺を背に隠すようにして前に出た小文吾が、ナンパ男を睨みつける。

「あんた、何してんの?」

鬼の一睨みはとても効果があるようで、男はそそくさと逃げて行った。


こちらを振り返った小文吾は、眉を下げて俺に説教を始める。急に隣からいなくなるな、で始まる文句は、まるで恋人に言うそれではないか。
店に着くまで離れるなよ、と念を押される。



辿り着いた甘味処で、小文吾は当たり障りのない世間話を始めた。勧められるがまま頼んだ洋菓子には、余すところなく粉砂糖が散っている。
ケーキにかかったキャラメルソースはひどく甘くて、口内で溶けてなくなってもその存在を主張し続けていた。



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タイトルお借りしました:LUCY28

2011.11.04.


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