とくとくと水の零れる音で目を覚ました。痛んだ頭に呻いて、開いた目には、倒れた徳利から漏れる酒が映る。

「すんまへんけど、お勘定払うてもらえまへんやろか」

そう言った店の主人に、いくらか銭を渡し立ち上がろうとして、違和感に気づいた。傍らに置いておいたはずの本差が無くなっている。
主人に聞くと、一緒に呑んでいた男が持ち去ったと言われ、肩を落とした。今晩共に呑んだのは、ちょうど店に居合わせた浪人で、名前も知らない。さして酒に強いわけでもないのに、勧められるがまま呑んだことを後悔した。



【文久三年 春】



はぁ、と吐き出した息は、温かい風に攫われていく。店を出てから今まで散々探したが、刀を持ちだした男を見つけることは出来ず、小さな神社の石段に腰かけて途方に暮れていた。店を出たのは夜だったが、今はもう日が傾き始めている。
故郷を出る前に、母にもらった大事な刀だ。酔って寝入っていたとはいえ、みすみす刀を盗られたことが情けない。金輪際、酒は呑まぬ、と心に決めたところで、奪われた刀が戻ってくる気配もない。


再び溜め息を吐くと、前の道をこちらに進んでくる浪人たちが見えた。三人組の真ん中にいる男に見覚えがある。昨夜、一緒に呑んだ男だ。腰に目を遣ると、自分の刀が納まっている。拵えが特徴的なので、一目で分かった。

「すまないが、刀を返してもらえないだろうか」

石段から駆け降り、浪人に近づく。

「何のことか、分からねぇな」

浪人は、歪んだ笑みを浮かべた。後ろにいる二人の男たちも、にやにやと笑っている。

「分からないはずがないだろう」

「言いがかり付けるようなら、斬っちまうぜ?」

浪人はそう言うと、腰の刀に手を伸ばした。
脅せば、俺が退くと思ったのかもしれないが、そういうわけにはいかなかった。何としても、刀を取り戻さなければ。

「ちょうどいい。切れ味を試したかったところだ」

浪人が刀を抜くと、他の二人もそれに倣った。
振り下ろされた刀を避け、地面に落ちていた大振りな木の枝を拾うが、これでは刀を受け止めることもできないだろう。どうしようか、と少なからず逡巡したとき、

「助太刀致しましょう!」

という声が聞こえた。
透き通るようなその声に視線を遣る前に、横を駆け抜けた影が、浪人を倒す。綺麗な峰打ちだ、と感心している間もなく、浪人の仲間が刀を突き出した。

「総司、急に駆けだしたら危ないだろ!」

それには、峰打ちをした人物を追いかけてきた者が、刀の柄を男の顎に叩き込む。ただ一人残った浪人の仲間は、倒れた男たちを見捨て逃げ出した。




「ありがとうございます、助かりました」

そう言って頭を下げる。礼がしたいので名前を教えてくれ、と頼むと、お礼なんていいですから、と前置きされた。

「私は、沖田総司といいます。こちらが、藤堂平助です」

沖田、と名乗ったのは見事な峰打ちを決めた青年で、隣に並ぶ藤堂と紹介された者は、異国の血を引くのか、珍しい瞳の色をしている。そしてあそこにいるのが、と指差された方を見ると、男が一人、浪人の刀を腰から外して、あちこち眺めている。

「斎藤一です。刀が好きなんですよ」

沖田さんが言い終わると、斎藤さんがこちらへと刀を差し出した。

「良い刀ですね」

手放さないように、と付け加えられた言葉に苦笑する。

「俺は、山野八十八です。ほんとうに、助かりました」

再び頭を下げた。
見たところ、三人とも俺とそう変わらない年齢だろう。斎藤さんは分からないが、沖田さんと藤堂さんの強さには、感服した。剣を習っている手前、俺もこうなりたいものだ、と強く思う。



並んで帰って行く三人を見送りながら、より一層稽古に励むことを決意する。
季節は春も終わりの頃。長くなった日が、地面に影を作りだしていた。








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