※青砥が日本にいる。

「タギー、助けて」

憔悴しきった声でそう言われてしまえば、青砥の元へ駆けつけないわけにはいかなかった。どうしたんだ、具合が悪いのか、それとも強盗か。友人の母親が出張中であることも思い出し、多義は慌てて自宅を飛び出す。もう少しだけ待ってて、と言う多義の声に、携帯電話の向こう側にいる青砥は小さく頷いたのだった。



メルティ・スウィート




辿り着いた友人宅の玄関ドアに鍵はかかっておらず、ガチャリと勢いよくドアノブを動かして室内へと入った多義を甘ったるい匂いが包む。チョコレートが幾重にも濃く深く混ざり合ったような香り。つい一週間前には、日本全国がこんな匂いに覆われていたっけ。

「青砥ー?」

きっちりと扉の閉じられている青砥の部屋を通り越して、光が漏れているリビングに向かって廊下を歩く。そう長くもない廊下はすぐに終わって、少しだけ開いていたドアを開けた。
この前来たときと何も変わったところは見られない。ソファもテレビも整然とそこに佇んでいることを確認して視線をキッチンへと移動させたところで、多義は異変に気付いた。床にはまるで雪のように白い粉が薄く積もっている。玄関まで届いていた甘ったるい匂いも強さを増して、口いっぱいにチョコレートを頬張っているような気分になった。

「青砥」

大股で近付いて行った先には、くすんだ金色の頭をしている友人がぼんやりと立っている。年齢よりも幼く見られることの多い美しく整った顔には、何故か茶色いチョコレートと白いクリームが飛び散っていた。

「タギー」

電話越しに聞くよりもしっかりとした声で、青砥は多義を呼ぶ。身長差の分見上げることになるターコイズの瞳に影を落とす長い金色の睫毛も、右側だけ少量のチョコレートでくっ付いてしまっていた。

「どうしたんだ、これ。片付け大変だぞ。顔にもついてるし」

二月にチョコレート、といえばバレンタインデーしか思いつかないが、その行事は先週で終わっている。怪訝な顔をしてキッチンの惨状を見渡す多義に、青砥はゆっくりと瞬いてから答えた。

「明日の朝、母さんが帰って来るから」

「……おばさんに、バレンタインの贈り物でもするつもりだったのか?」

「うん」

そういえば、青砥の母親はバレンタインデー前からの海外出張だったような記憶がある。青砥は母親のために、普段は立たないキッチンに立ってチョコレート菓子を作ろうとしたのだろう。八分ほどに泡立てられた生クリームが、ボウルに陣取っている。その隣のまな板の上には刻みかけのチョコレートがあり、稼働しているオーブンレンジの中にはケーキのスポンジであろう円型のものが鎮座しているのが見えた。

「それなら僕も手伝うから、まずは床の片付けだな。青砥は、シャワー浴びてきた方がいいと思うぞ」

多義の言葉に青砥も頷いて、風呂場へと向かおうとする。
ぱちぱちと重そうに瞬く瞼と頬についたままのクリームが気になって、多義は青砥の細い腕を掴んで引き留めた。

「なに?」

シャワーを浴びろと促した当人が行動を阻んでいるのだから、青砥の眉間に小さく皺が寄る。それを気にすることもなく多義は腰を屈めて、青砥の顔を覗き込んだ。
甘そうなクリームと、甘いに決まっているチョコレートがくっついた青砥の整った顔。床に落ちたわけでもないのにお湯で流してしまうのは勿体ない、と思ってしまったのは、食べ物を粗末にしてはいけないという杉山家の教育の賜物か、はたまた青砥だからそう感じたのか。
右目の薄い瞼を縁取る、チョコレートでくっついた金色の睫毛へと唇を近付けて、柔らかく食む。びくり、と反射で震える青砥の肩に手をおき軽く力を加えて押さえ、舌先に触れる長い睫毛を唾液で濡らした。ざらり、とした独特の感触と共に、睫毛にくっついていたチョコレートが溶け出して仄かな甘さが口の中に広がっていく。幾度かそれを繰り返して右目から唇を離し、今度は左頬についているクリームを舐め取った。どんなお菓子よりも甘いと感じながら、ゆっくりと味わって堪能して、唇を離す。
甘いな、と呟く多義を、青砥はぼんやりと見つめている。睫毛を舐められた右の目が左よりも水分を含んで、光を散らす海のように揺れた。

「……ケーキ、余ると思うけど」

そんなに甘いの食べたかったの、と首を傾げる青砥に向かって微笑んで、シャワー浴びておいで、と再び促す。クエスチョンマークを頭の上に浮かべたまま風呂場へと向かう青砥の後姿に、ごちそうさま、と多義は甘さの残る口内で呟いた。



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足フェチ多義くんから脱却しようとしたらこうなった。


2013.02.19.
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