うだるような暑さに、道場帰りの身体は重くなっていく。昨夜から続いている頭痛は、ますますひどくなり、鳴き喚く蝉の声が頭蓋内で反響して吐き気を催しそうだ。
情けない、と漏れ出た声はあまりにも小さく、湿った生温い風に流されて消えた。


空蝉



この暑さにやられたのだろうか、先を歩く女がふらふらと覚束ない足取りをしている。
頭痛は一層ひどくなり、脂汗も滲んできた。一刻も早く横になって休みたいという一心で、足早に女を追い越そうとした、そのときだった。
見計らっていたかのように、女が倒れこんでくる。避けるわけにもいかず抱きとめた俺に、女は小さく礼を言った。

「ありがとうございます」

「いえ……」

暑さにあたったようだ、という女の話に曖昧に相槌を打つ。とにかく早く家に帰りたい、という思いだけが募っていく。
もう支えなくてもいいだろう、と身体を離そうとした俺の腕が、女の細い手に捕らわれた。

「少し休みたいから、あそこまで連れて行って下さらないかしら?」

女の豊満な胸が押しつけられる。下から見上げてくる女の顔は青白くもなく、具合が悪そうには見えない。
小さく舌打ちした。はめられたのではないか、と。一刻も早く帰ろうと近道をするように歩いていたのだが、それが裏目に出たらしい。辺りには出会い茶屋が並んでいる。

「ねぇ、お兄さん」

絡められる指に、吐き気がした。
女を付き飛ばそうとしたその瞬間、横から伸びて来た手に腕を掴まれる。

「人の女に何してんのかなぁ」

下卑た笑みを浮かべた男が二人。女は、茶屋に連れ込まれそうになったのだと、ありもしないことを訴えている。

「どう落とし前つけてくれるんだ、あぁ?」

掴まれた腕に走った痛みに、眉を顰める。斬ってしまおうか、と思った。こんなやつらは斬り捨てて、帰ろう、と腕を掴んでいた男の手を払いのける。鞘に手をかけた。汗が目に入り、視界が滲む。

「そのくらいにしとけよ」

よく通る声が、割って入った。声の主を探すと、役者かと見紛うほどの男が立っている。

「でないと、お前ら斬られちまうぜ」

なんだお前は、とお決まりの文句で喚き立てる男たちに向かって、色男は笑った。にやり、とまるで顔に似合わない、悪ガキのような笑みが浮かんでいる。
その笑い方が気に入らなかったのか殴りかかる男たちに、色男は小さく口笛を吹いた。待ってました、と言わんばかりに、嬉々とした表情を浮かべると、一人目の男の拳を受け流し、その股間を容赦なく蹴り上げる。それを見て怯んだ二人目の横っ面には、拳を叩きこんだ。


地面に伏した男たちを残して、女が逃げて行くのが目の端に映る。着物に付いた砂埃を払って、色男がこちらに近づく。近づけば近づくほど、目鼻立ちのはっきりした美男子である。その整った顔が大きく歪んで、俺は意識を手放した。







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