「じゃーんっ!」

というハイテンションな伊庭の声と共に、テーブルに紙が半ば叩きつけられるように置かれた。夕食後の騒々しい時間であったため、テーブルがたてた音は瞬く間に吸収されて、誰もこちらを気にする事は無い。
薄い水色のチラシのような紙に大きく『女装大会』の文字が踊っている。学園祭の恒例行事だ。

「これに、出ることにします!」

「は?」

ぽかん、と口を開けて間抜けな声を出した俺の正面では、斎藤が眉間に物騒な深い皺を一本刻んでいる。全く、いつにもまして突拍子もない話だ。

「何で女装しなきゃいけないんだよ」

数ある出し物の中、なぜこの残念な男は女装というものを選んだのか。残念だからか。そう思って口にした言葉に、よくぞ聞いてくれましたとでもいうような誇らしげな顔をして伊庭はこう言った。

「それはだね、藤堂君。総司の女装姿を見たいからに決まってるじゃないか」

最近、伊庭は残念なイケメンを通り越して変態じみてきている。そのうち顔と頭の良さだけではカバーできなくなりそうだ。
この場に総司がいなくて本当に良かった。近くに来たから一緒に夕食でも、と総司を誘ってくれた総司の姉夫婦に感謝しなくてはなるまい。

「総司に女装はさせない」

きっぱりと言い放つ俺を見て、伊庭はその端正な顔を歪めてみせた。

「ずるいんじゃないの、藤堂。藤堂は、総司の女装見てるよね……?」

「見たのか……?」

伊庭に加えて、斎藤の厳しい視線も突き刺さってくる。

「忘れたとは言わせない。おまささんに着物を借りて女装した総司を、藤堂は見てるはずだ」

いつのことを言っているのかと思えば、それは前世のことではないか。確かに、女物の着物を着て、薄く化粧した総司を俺は見ている。

「何でそんなこと伊庭が知ってんだよ……」

「左之さんから聞いた」

にこっと笑って、伊庭は言う。
藤堂だけ見ているのは不公平だ、俺たちも総司の女装が見たい、と。真顔で斎藤も頷いている。

「総司にだけ女装させるのもおかしいからさ、俺らも女装する。高校生活最後の思い出にちょうどいいだろ?」

その問いには、頷くしかなかった。多数決でも、俺の負けだ。反対意見は通らない。


――それにほんの少しだけ、総司の女装を見たいという気持ちもあったりするのだ。




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