「お〜ぞ〜」

自分の名前かどうかも怪しい呼び方をされ、凰壮は振り向きたくない思いで視線を正面に固定した。
焼き鳥やポテトサラダが乗っかった皿、ビールジョッキが置かれたテーブルを挟んだ向こう側で、多義と竜持が話しこんでいる。視線を右斜めに移した個室の入り口側では、翔と虎太が次に注文するものを選んでいた。
となれば、凰壮の左斜め後ろから舌っ足らずに彼の名前を呼ぶのは一人しかいない。振り向きざま目の合った竜持に、頑張ってくださいとでも言いたげにウィンクを一つ飛ばされる。

「お〜ぞ〜?」

「ったく、誰に呑まされたんだよ…」

やっと自分の方を向いた凰壮が嬉しかったのか、琢馬はへにゃりとその整った顔を崩して笑った。そして、凰壮の頬を両手で挟んで固定する。

「ちょ、青砥、っ」

待て、と言う間もなく、凰壮の唇は琢馬のそれで塞がれる。ちゅ、と可愛らしいリップ音をたてながら、それは唇だけでなく頬や額に幾度も降ってきた。


このことから分かる通り、琢馬は酒を呑むとキス魔へと変貌する。
初めての飲み会では多義が犠牲になり、エリカが憧れのゴン様がと多大なるショックを受け、それはもう年を取って耄碌しても忘れないであろうと言いきれるくらい強烈な印象を皆に植え付けた。
なんてことがあったにも関わらず、女子二人がいなくなるといつの間にか誰かが琢馬にアルコールを与えているのだ。
幸いなことに、ディープキスといった被害は今のところ出ていない。というか、外見は天使そのものである琢馬にそんなことをされたら色んな意味でたまったもんではない、と凰壮は思う。

「おうぞうは〜?」

琢馬のカクテルのように甘ったるい声に名を呼ばれて、凰壮は深い青色の瞳と目を合わせてやる。

「お〜ぞうは、ちゅう、してくれないの?」

こてんと首を傾げる琢馬の子供のような仕草に溜息を一つ落として、凰壮は目の前の小さな鼻の頭にキスを捧げる。
ちゅ、と綺麗に鳴ったリップ音に、天使みたいなキス魔は満足げに微笑むのだった。




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