お前のとこっていつもあんななの、と同室者に指摘されたことで初めて、俺は自分の感覚が麻痺していることに気付いた。立海男子テニス部員にとっては日常でも、他校の人間にとってはそうじゃないらしい。
U-17合宿が三日目を迎えた午後三時。他校では異質らしい光景が目の前で繰り広げられる中、俺はオレンジジュースを片手にクッキーを摘んでいる。



Mr.Maria




高校生もいる中での合宿はそれなりに厳しいけれど、午後三時におやつの時間が設けられている辺り優雅だな、と思う。食堂に用意されたお菓子や飲み物を取って、各自好きなように与えられた三十分間を楽しむのだ。
グラスに入ったオレンジジュースの中の氷をストローでくるくると回しながら、正面に座る幸村部長とその隣にいる柳生先輩を見つめた。そして、朝、日吉に言われたことを思い出す。
お前のとこの部長と部員の関係って妙だな、と端的にいえばそんな感じだった。確かにどこかアットホームな気はするけど、と返した俺に向かって、日吉も含めた同室者三人が首を振る。そういうことじゃない。いいから客観的に見てみろ。
だから、俺は今日一日、自分が他校の生徒になったつもりで幸村部長とその周りの様子を観察することに決めたのだった。



副部長と柳先輩、仁王先輩とジャッカル先輩、丸井先輩、までは普通だったと思う。仁王先輩以外は部長に対して少し世話を焼きすぎている気がしたけど、そこまで過剰ではなかった。はっきりとしたおかしさを感じたのは、柳生先輩に、だ。
休憩に入って食堂へと向かう幸村部長にくっついて行き、そのまま正面の席を陣取った。そんな俺を見て微笑んでいた部長の目の前のテーブルに、柳生先輩が湯気をたてるティーカップを執事のように恭しく差し出す。ジンジャーとたっぷりの蜂蜜を入れました、と語る柳生先輩のことは見慣れたもので、客観的に見ても別におかしくはないと思ったはずだ。
ゆっくりと息を吹きかけながらティーカップの中身を減らした幸村部長が、ソーサーの上へとカップを戻す。その手を優しく握って、柳生先輩は言った。

「少しは温もりましたが、乾燥していますね」

そこで俺は知った。なぜ幸村部長の紅茶にジンジャーが入っていたかということを。柳生先輩は午後練習が始まってこの休憩が始まるまでの間に、部長の手が冷えていることに何らかの形で気付いたんだろう。だから、身体が温まるようにとジンジャーティーを淹れたのだ。彼のことだから、風邪予防も考えてるに違いない。

「手をお借りしてもよろしいでしょうか」

幸村部長が頷いたのを確認して、柳生先輩はジャージのポケットから小さなチューブのようなものを取り出し、中身を自分の手の甲に適量出した。失礼します、と声をかけてから、部長の白い手を取ってチューブから出したクリームを丁寧に塗り広げていく。
確かにこれは少し変かもしれない、とようやく実感した。乾燥する季節の部室では毎日行われていることだったから、俺の感覚は麻痺していたんだ。これは、中学生男子のすることじゃない。
爪の先から手首まで丁寧に白いクリームを塗り込められながら、幸村部長がはにかんだ。くすぐったい、と漏らされた声は、安心しきって甘い響きを含んでいる。
ありがとう、柳生、と深い藍色の瞳を細めて礼を言う部長を見て、柳生先輩がそれ以上の幸せはないという風に笑うのが見えた。






「立海では普通だけど。でも、部長と部員って感じじゃねーよな」

練習を終えて風呂にも入り部屋に帰って、同室者に報告する。そうだろう、と三人の揃った頷きが返ってきた。
そういえば、と方耳にはめていたイヤフォンを外して、財前が口を開く。

「クラウザーがあの二人見て言うとったわ。神とその敬虔な信者みたいや、って」

柳生先輩の幸せそうな顔を思い出して、クラウザーが言っていたらしいことに同意する。たしかに、幸村部長は柳生先輩にとっての神様みたいなもんかもしれない、って。




2012.09.08.

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テーマ「人外ファンタジー」
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