Honey Lemon



部室に忘れ物を取りに行った帰り、教室へ戻るため横切った中庭で見知った背中を見つけた。花壇が見渡せる木陰のベンチに、幸村部長が一人で座っている。周りには誰もいない。昼飯でも食べてんのかな、と思って俺は後ろから覗きこんだ。

「幸村部長!」

「あ、赤也。ちょうどよかった」

はい、と手のひらに落とされたのは、可愛らしい包装紙に包まれた飴玉。ころん、と転がったそれには、小さくレモンの絵がプリントされている。
きょとんとしている俺に、部長は微笑って隣に座るよう促した。

「赤也、誕生日おめでとう」

そう言われて、自分の誕生日を思い出す。いや、正しくはついさっきまで覚えていたのだ。20分ほど前、一緒に昼飯を食べた丸井先輩と仁王先輩に、プレゼントをもらったばかりだったのだから。それが幸村部長を見つけた瞬間に、誕生日のことなんか頭の中から消えていた。
受け取った飴を、早速口に含む。甘酸っぱいレモンの味が、ゆっくりと広がっていく。

「ありがとうございます。……でも、これだけっすか?」

誕生日プレゼントだと思うと、口内を転がる小さめの飴が物足りなく感じられて、つい口に出してしまう。こういうところが、まだまだガキだと先輩たちにからかわれるんだろう。

「ほんとは、もっと豪華なものにしたかったんだけど。夏休み明けの英語のテスト、ひどい点数だったんだって?」

何でそんなことを知っているのか、なんて訊くまでもない。十中八九、柳先輩からの情報だ。
すんません、と呟く俺に、幸村部長は微笑む。

「じゃあ、もう一つだけプレゼントをあげよう」

「ほんとっすか!?」

「いくら点数が悪かったからといって、飴玉一個というのも寂しいしね」

一つ大人になった赤也に、特別だよ、と言って、部長は手を伸ばし、その白くて細い手で俺の口を覆った。
え、と目を見開く俺に、幸村部長の綺麗に整った顔が近づいて来る。すげぇまつ毛長い、なんて感想を反芻する間もなく、俺との距離がゼロになった。
ちゅ、と響くリップ音。そして、すぐに離される手。

「改めて、誕生日おめでとう」

そう言った幸村部長は、教室に戻るためベンチから立ちあがった。またね、と残された声が耳元を通り過ぎる。



ありえない、と呟いて、俺は顔を手で覆った。頬の熱が手に伝わってくる。手のひら越しのキスが、こんなにもドキドキするものだとは思わなかった。唇はおろか、自分の肌にさえ触れないキスで、心臓が破裂しそうになっている。


耳に張り付いているのは、軽いリップ音。
目蓋に焼きついたのは、長くて綺麗なまつ毛。


こんなことされたら、期待しちまうじゃん。


がり、ともうほとんど溶けかけていた飴に歯をたてる。口中に広がるレモンの味が、何だかひどく甘ったるく思えた。




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Happy Birthday,Akaya!!
赤也生誕祝いでした。ちなみに、ブン太からは菓子の詰め合わせ、仁王からはいかがわしい雑誌をプレゼントされたんだと思われます。

2011.09.25.


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