お天道様の端が西に沈み、烏が次々とねぐらへと帰っていく。四半刻もしないうちに、誰そ彼時になるだろう。それまでには奉行所まで辿り着けるだろうか、と思い俺は隣を歩く沖田さんの様子を窺った。時折咳き込みながらも歩き続ける沖田さんは、やはり出発したときに比べると辛そうだ。歩みもだいぶ緩慢なものになっているし、息を吐く間隔が短くなっているように思われる。
奉行所までの道のりは、ようやっと半分を過ぎたくらいだ。無事に到着できることを願い、俺は腰の刀に左手を添えた。



春待月の薄明にて―市村―




「総司」

小さく、沖田さんの左隣を歩いていた斎藤先生が注意を促す。前方から、男が四人こちらに向かって来ていた。日はほとんど沈んでしまい、夜の帳が下りようとしている。大声で騒ぎながら歩く集団は忍ぶ様子など微塵もなく、とても敵とは思えなかった。
自然と歩調が今までより早くなる。話し声が近づくと共に、自分の心ノ臓の音も大きくなるのが分かる。道の端ぎりぎりに寄った俺たちと、道のほぼ真ん中を歩く男たちが擦れ違おうかというとき、空気が一変した。


市村、と斎藤先生が声を発したのと、俺が沖田さんの手を引いて駆けたのはほぼ同時。しかし、十間ほど走ったところで沖田さんが咳き込んだ。

「沖田さんっ」

「……っ、市村くん、逃げなさい」

それはできないと、沖田さんの薄い背を撫でながら首を横に振る。尊敬している人を残して逃げるなど出来るわけがない。それに、総司をよろしく、と副長に頼まれているのだ。己を盾にしてでも沖田さんを助けると、とうの昔に覚悟は決めていた。


じゃりじゃり、と砂を踏みしめる音に顔を上げれば、斎藤先生のほうから逃げて来た男が一人、抜き身の刀を持ちこちらに近づいている。沖田さんは未だに咳き込み、刀を抜こうと伸ばした右手が微かに震えているようだ。


男が刀を振り上げる。どくん、と一際大きく響く鼓動。考えるよりも、体が動くのが早かった。沖田先生の脇から飛び出し、腰を沈める。振りかぶった男の胴を、鞘から刀を抜いた勢いのまま左から右へと薙ぎ払った。全ての動きがあまりにもゆっくりとして見えた。傷口から噴き出る血が自分に降りかかる前に、飛び退いてそれを避ける。どさっと男が地面に倒れこむ音に、駆けて来る斎藤先生の足音が重なった。



駆けつけた斎藤先生は一瞬驚きを表情に滲ませたが、すぐに、よくやったと慣れない手つきで俺の頭を撫でた。そして、ようやく咳の治まった沖田さんを促して、奉行所へと歩き出す。斎藤先生に褒められたことは嬉しかった。そしてなにより、沖田さんに危害が及ばなかったことに安心した。

「ごめんなさい」

共に歩みを進めている沖田さんが小さく呟く。数歩先を行く斎藤先生には聞こえなかったようだ。何に対しての謝罪なのか、俺には分からなかった。問い返すのも憚られ、ただただ先を急ぐ。辺りはすっかりと紺色に覆われ、丸く肥えた月が顔を覗かせていた。





2011.09.18.
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