※大学生。凰壮視点。


合コンの人数合わせに呼ばれたのを渋々承知したのは、美味い飯が食えると思ったからだ。女子が好きそうな洒落た居酒屋に入って、大して腹の足しになりそうもない見た目重視の料理をつつくだけだと思っていた。
だから今、こうやって水族館にいることに嘆息せざるをえない。合コンと言うよりは、複数デートと言った方が正解に近いじゃないか。
どんな魚が好き?水族館にはよく来るの?高い声で訊かれる言葉に曖昧に返事をして、甘ったるい香りを漂わせる女から目を逸らした先、薄暗い狭い通路に目を引く金色を見つけたのは偶然だった。
あれほど海の青が似合う金髪を、俺は一人しか知らない。ふわふわとクラゲが泳ぐ水槽の前で、俺は青砥の名を呼んだのだった。




ラピスラズリは夜へ還る




「よかったのか?」

「あ?何が」

反射的にそう返して、水族館で俺と一緒にいたやつらのことを訊いているのだと気付いた。
青砥を見つけた瞬間に合コンなどという馬鹿げた予定は頭の中から消え去って、幹事であった友人に一言詫びて出て来たのが三十分ほど前のことになる。水族館からほど近い、魚介類をメインとした料理を出す居酒屋に入って、小さめの個室にテーブルを挟み青砥と向かい合って座っていた。

「いいんだよ。あいつらとはいつでも会えるし。そういう青砥は、いつこっち帰ってきたんだ?虎太は?」

兄の名前を出した途端、目の前に座る男の整った眉間に一つ皺ができる。

(喧嘩したのか)

そう口に出そうとした言葉は、氷の浮かぶお冷で喉の奥に流し込んだ。
このカップルは、年に一度か二度大きな喧嘩をする。こういう大きい喧嘩の原因はたいてい虎太の方だということまで、俺は竜持に聞いて知っていた。
ただ、喧嘩の原因を知りたいとは思わないし、青砥の方もそれについては言う気はないようなので、二人して無言になる。僅かな間だけ訪れた静寂は、注文した料理を運んで来た店員の声で破られることとなった。


金髪碧眼という日本人が考える外国人テンプレ通りの見た目からは想像できないほど、青砥はとても綺麗に箸を操る。短く切り揃えられた爪を持つ白い指が、紺色のプラスチックの箸を使って煮魚の身を骨と分けていく様に見惚れていたのに気付いて、慌てて自分の前に置かれた海鮮丼に手をつけた。
煮魚定食をいっそ美しいまでに片づけていく青砥の双眸は、地味な色をした皿の上に落とされたままだ。あの青い瞳を、すぐ上の兄は何かの宝石のようだと比喩していたけれど、その聞き慣れない石の名前を思い出すことは出来そうにない。

「そういやお前、今どこに泊まってんの?」

そう尋ねたのは、彼の母親が日本にいないことを思い出したからだった。常から海外出張の多かったらしい青砥の母は、一年ほど前に南米の方に仕事で赴任となった、と息子である本人から聞いている。

「……タギーのとこ」

「あぁ、やっぱそうなるよなぁ。って、俺と一緒に飯食ってよかったのか?多義は?」

もしかして気を遣わせただろうか、と思った俺の言葉に、大丈夫だと言うように青砥は少しだけ目を細めた。

「バイト。終わるの夜遅いし、賄いも出るって言ってた」

「そう、ならよかった」

気を遣わせたようではなかったことに安堵する。そして、青砥に一人で食事させずに済んだことにも同じようにほっとした。虎太が以前酔った拍子に、青砥は寂しがり屋だと言っていたのを思い出したのだ。

「また、一緒に飯食おーぜ」

そう言えば、青砥は少しだけ驚いたように瞬いて、それからゆっくりと唇の端を引き上げた。深い色の瞳は細まり、海のように揺らめいて見える。長い金色の睫毛が頬に影を落として、それはもう宗教画の天使のように青砥は微笑んだのだった。





2012.08.05.


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