寒月 冬の月が室内を照らしていた。部屋に照明はない。背後の窓から差し込む青い月光で歳さんは照らされ、俺にその表情が見えることはない。 失くした左手の代わりに右手で酌をし、そして右手で猪口を口に運び酒を舐めるように飲んでいる自分とは反対に、目の前にいる男は徳利から直接喉に流し込むように飲んでいる。 飲み始めたときは江戸にいたころの昔話に花が咲いていたが、会話が途切れてもう四半刻ほど経つ。 下戸のくせにそんなに飲んで平気なのか、と注意しようとしたときだった。 総司を連れて来るべきだった。 左手を額に当て俯き、右手で徳利を握りしめて、言葉は続けられる。 あいつがどんなに苦しもうとも、負ぶってでも連れて来るんだった。 一人にされるのを、置いていかれるのを、人一倍嫌がるやつだった。 最期も、看取ってやれなかった。一人で逝かせちまった。 伸びた前髪と額に添えられた手で、歳さんが泣いているかどうかは分からない。 去年出された文が、今頃届いたのだという。沖田総司が死んだという内容だった。 歳さんの後悔の言葉を聞きながら、総司を連れて来ることなんかあんたには出来ないよ、と思うが口には出さない。 総司に一番甘かったのは目の前にいる男だ、近藤さんよりも、斎藤や藤堂よりも。家族に向ける以上の愛情を向けていたように思えた。 それに、繊細で些か優しすぎる面を持つこの男には、咳き込み喀血し、食事も喉を通らないまま痩せてゆく総司を、ゆっくりと体を横たえることもままならない戦場に連れて来ることなど出来はしないのだ。総司が辛そうにしているのを、ただじっと見ていられるわけがない。 ガタ、と窓枠の鳴る音に顔をあげる。風が出て来たようだ。 いつのまにか寝息を立てている歳さんを部屋に運ぶよう、扉の外にいる世話役に伝えるために席をたつ。 あんたが、幸せな夢をみれますように。煌々と顔を覗かせる月に願って部屋を出る。扉が閉じる音に紛れて「総司」と呟く声が聞こえた気がした。 2011.09.18. |