中学三年の冬の終わりといえば既に進路が決まっている人間が多く、授業も自習が多くなる。例に漏れず帝光中学も授業組みは緩く、わざわざ学校に出てくる人間も少なかった。
そんな中、根が真面目な彼女は部活の後輩への指導も終えたというのに、休むことなく毎日登校している。
やることもそうないだろうにと溢せば、最後の中学生活を満喫したいのだと返された。その生活の中に自分の存在が食い込んでいないことが、また緩く首を絞められるような感覚を寄越した。


「まぁ、赤司くんにそんな時間はないみたいだけどね」

「やることが多いからな。…昨日涼太から預かったファイルはよく纏められていたよ」

「そう。役に立てたならよかった」


後輩の活動ぶりを確認するという仕事を買って出てくれた彼女は、ジャージに着替えこそしていないものの、部員の五割は働かずにいられないらしい。
放課後の体育館で指導に抜けがないかをその目で確かめた後、部室でメニュー組みに訂正を入れている僕の元へと帰ってきてベンチに腰掛けた。


「帰らないのか」

「うん」


本当に、特にこれといって用もないのに時間を無駄にするのか。

頷いた彼女に視線だけをずらして向ければ、帰った方がいい?、と首を傾げられる。
その表情に寂しげな雰囲気はなく、僕が頷けば今すぐにでも荷物を手に出て行くのだろうと予測がついた。


「最後まで僕に従うことはないよ」


どちらとも付かない曖昧な言葉しか返せないのは、どちらにしろ決定的な意思を押しつけることは出来ないから。
帰ってほしくないと口にしても、彼女は聞き入れてしまう。それは命令と変わりなく、こちらの望みを押しつけることにしかならない。
そうして傍にいられたところで、悔やむのは己自身だ。

どうか、自分で選んでほしい。選ばれたいと願う愚かさ、狡さには気付いている。
そして聡い彼女はその気持ちすらも察知して、結局は自分を押し殺してしまうことも、僕はよく知っていた。

それぐらい、彼女を見てきた二年は長く、濃かった。

彼女の優しさを、無下にし続けた。自覚もあった。


「じゃあ、最後までキャプテンにお付き合いしようかな」


答えだって、予想されたものと一寸も違わないのだから笑えない。

彼女が何を思うかまでは解らなくとも、どんな受け答えをするかは手に取るように分かっていたのだ。
この心の内を覗くことさえしないくせに、こちらの望みは容易に読み取って叶えようとする。

彼女の優しさは献身を尽くしていて、どこまでも美しく、儚かった。


(また殺してしまった)


彼女の意思を酌み取ってやれなかった。
密かに、気道を塞ぐ鬱屈とした感情にペンを握る指先に力が籠もる。

あと、三日。
三日後にはもうこの縁は切れてしまうというのに、最後まで何の望みも叶えてやれずに終わるなら、僕が彼女に寄り添った意味は何だったのだろうか。
奪うだけ奪って、利用して、終わるのか。

一欠片のぬくもりも残さずに?


「赤司くん? どうかした?」


またこちらの雰囲気だけを読み取って気遣わしげな表情で見つめてくる彼女には悟らせたくない心情に、無理矢理蓋をはめて隠し込んだ。

そんな優しさは、いらないんだ。
そんなものはいらないなんて、これだけ引きずり回しておいて、また身勝手な言い分だと呆れるけれど。


「藤代は、何か欲しいものはあるか?」


平常通りに聞こえるよう絞り出した声と貼り付けた笑みに、彼女は不思議そうに再び首を傾げた。
こんなことを言い出したのは初めてなのだから、その反応はおかしくはない。けれど、胸を軋ませるには充分で。


(求めてくれないか)


一言でいい。あの全ての約束を消し飛ばす言葉を、くれないだろうか。
この口からはどうしても紡げない。紡ぐわけにはいかない懇願を抱えて、下唇に歯を立てた。

返ってくる答えなんてものは、見えている。解りきっていたことだった。


「別に、ないかな。高校にも受かったし、今は特に願うことも」


小さな笑みと共に溢された言葉に、苦しむ自分は勝手なものだ。


(ああ、そうだな)


君は、いつだってそうだ。
実直で、謙虚で、掴み所がない。甘えもしなければ弱音も吐かない。それが都合がいいと、思った時期も確かにあった。

それでも、今は。


「それにしても急な質問だね」

「ああ…不意に思い付いたものだからな」

「変な赤司くん」


珍しいものを見たとでも言うように首を傾げて、困り顔で笑う君の、助けになることも支えになることも、最後までできないままなのだろうか。
何一つ残せず、返すこともなく、終わるのか。

君の望みの一つも、知れないままに。







焦燥に揺れる3日前




じわりと胸の内に広がる痺れは、喉を内側から締めつけて呼吸を奪おうとする。
こんな痛みを、君は感じているのだろうか。それともそれも過去の話で、区切りは疾うに付けられているのか。


「大分暖かくなってきたよね」

「ああ」

「卒業式にはもっと暖かくなってるかな」


どちらにしろ、この手を伸ばす、些細な動作すら叶わない。

別れの日までを数えて微笑む、その表情を真っ直ぐに見つめることすらできなかった。

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