赤ちんは、彼女のことが好き。
彼女っていうのは、所謂お付き合いをしている子のこと。当たり前のことでいて当たり前じゃないそのことを知っているのは、多分オレだけなわけじゃないけれど。
知っていて、困っているのはオレだけなんじゃないかとも思う。
(まーた見てるし)
この三年、赤ちんの考えなんか一つも理解できなかったけど、いつからか一つだけ判るようになったことがあった。
他の部員に指示を飛ばしながら、その視界に高確率で入れられているその子は、今も各々のデータを書き込みながら部員と笑顔を交わしている。
表情は変わらないし、態度にも絶対に出したりしない。
けど、あの子が他の男と仲良くしているのを見た後の赤ちんの指導は、いつもに輪を掛けて細かく厳しくなる。だから今日もまたこの後の練習を考えて、オレは思わず顔を顰めた。
なんていうか、すっごい面倒臭い。
(嫌なら嫌って言えばいいのに)
自分以外と仲良くなるな、って。赤ちんが言えばあの子は従うはずだ。
なのにそうしないのは、赤ちんは本気で彼女のことを好きだからで。
彼女の方はどうかというと、やっぱり赤ちんが好きだったりして。
なのに全然伝わってない二人を見てるのは、面白い半分もどかしくて疲れる。
何であんな面倒臭いことしてるんだろう。
二人みたいに頭がよくないから、オレには解らないだけなのかな。
(フリとかしなくてもさー…)
普通に、付き合ったらいいのに。
小休憩から練習に戻りながらもう一度見てみた二人の視線は、もうどちらもお互いには向けられていなかった。
*
「高校?」
「そう。紫原くんなら知ってるかと思って」
唐突に切り出された話題に、お菓子を食べる手は止めずに首を傾げた。
赤ちんの彼女、澄ちんはその日珍しくオレのクラスを訪ねてきて、机の真正面に立つと真剣な顔で問い掛けてきた。
赤ちんの志望校はどこなのか、と。
「…澄ちんはどこに行くの?」
「いや…それが、答え次第というか…地方に出ようとは思ってるんだけど」
「ふーん…」
もしかしたら赤ちんと同じところに行きたいのかと、それを本人に訊けないからオレに訊くのかと、少しだけ思った。
けど、それはやっぱり違いそうだ。
(ダメだこりゃ)
顔を見ただけで解った。
この子、赤ちんから逃げる気だ。
そわそわしたり、嬉しそうな顔じゃない。何かを考えて、決断する人間の表情。
それを浮かべている澄ちんは、もう赤ちんの傍にいる気はなさそうだった。
「赤ちんの志望校ねー…確か」
ああ、これ、ヤだな。
そう思ったのは、オレは結構澄ちんのことも嫌いじゃないからだ。
赤ちんのことをずっと好きでいるこの子を、見てきたから。
今更離れるなんて、やめてよ。
赤ちんだって泣いちゃう…ことはないと思うけど。でも、絶対すごく痛がるよ。
今だって、澄ちんのことばっかり見て、きっと、考えてもいるんだよ。
(だからさぁ)
赤ちん以外と、一緒になるのはダメだよ。
オレはそんなの、見たくないし。
「陽泉、だってー」
へらっ、と笑って吐き出した嘘を、信じろ信じろと念じてみた。
地方に出ると言った。なら、少しでも確率を上げて。
もしかしたらまた、バスケの強豪校を候補に入れているかもしれないし。
少なくとも、これで秋田に来ることはない。地方と言うなら神奈川は近すぎるし、もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。
奇跡、なんて殆ど信じてないオレが願うんだから、叶えてよ。
教えてくれてありがとう、と笑ってくれた澄ちんには悪いけど、願わずにはいられなかった。
Another side:Mそうして迎えた高校の入学式の日、鳴り響いた携帯の着信音にディスプレイを覗いて、願いは叶ったことを知る。
『むっ、紫原くん! どういうことなの…』
戸惑い気味な、少しだけ懐かしく聞こえたその声に何が?、と惚ければ、澄ちんは焦りを全面に出して声量を上げてきた。
『いや、何がって、何で赤司くんがここに…』
「あれ、赤ちんと一緒のとこになっちゃったんだー。よかったね澄ちん、傍にいたがってたもんね」
なんて、勝手に記憶を捏造してみれば、少しの間焦っていた澄ちんも冷静さを取り戻したのか、一気に声が鋭くなって。
『騙したの!?』
聞いたこともない怒鳴り声に、怖くはないけど思わず肩を竦める。
まぁ、怒られるかなーとは思ってたし、いいんだけど。
「だって澄ちん、赤ちんと離れたくないって」
『わっ、私そんなこと言ってな…』
「そんな顔してたから仕方ないしー…オレもう式行かなきゃだから切るね澄ちん」
『えっ? ちょっと待ってまだっ……!』
聞きません。
ぶつり、と押してしまった電源ボタンと待受画面に戻ったディスプレイを見下ろして、にんまり。
こうなったら、後は赤ちんが何とかするはずだ。きっと、こんな奇跡を願っていたのはオレだけじゃないから。
「あー…疲れたー」
変に頭を使ったし、結構な間二人のことを気にしてたから、糖分補給しなきゃ。式の前にチョコでも食べよう。
そんなことを考えながら踏み出した足は、疲れたわりには軽かった。
(だって二人は一緒じゃないと)
(隣が別人なんて、気持ち悪いし)
20130106.
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