薄っぺらな言葉なんて、誰であっても欲しくはない。
欲を取り繕う台詞を吐くくらいなら、そのままぶつけてくれればいいの。




結露状態のコップを指先でなぞりながら、溜息を堪える。
合コンというものの悪いところは、当然のように垣根を越えることを躊躇わないところにあると、私は冷めた気持ちで視線をバッグに落とした。



「何か気になることでもあるの?」



ふ、と陰った視界に、見えないように瞳を眇める。
肩が触れ合うほど近くに座り、顔を覗き込んできた男の笑みに、一瞬で仮面を被り直しはしたけれど。

コンパ開始直後直ぐ様声をかけてきたその男は、法学部でそれなりに優秀な学生だと言っていた気がする。
気がする、というのは、その優秀さを証明する会話内容が少なく、とてもそうは感じられないために出てきた言葉だ。

私の興味対象を勘違いしたらしい男は、会話中徐々に距離をつめてきたかと思うと、最終的に私の隣を陣取り聞いてもいないプライベート内容をごちゃごちゃと話し始めた。
お陰で今日取得できた法学関係の情報内容は一囓りのみ。
完璧に時間の無駄遣いである。



(今回はハズレだったわね)



他の男メンバーも、特に有力さやカリスマ性を感じさせるような人間はいないし…。
骨折り損だったと、微笑みの裏で密かに吐き出す。

別に、言い寄ってくる男のルックスが悪いわけではない。寧ろそれなりに整っている方だろうとは思う。
けれど自分に自信があり過ぎるが故に距離感を読めない、そんな鈍感さには疎ましさ以外の何の感情も抱けはしなかった。

どちらにせよ私は、出逢い欲しさにこの場に訪れたわけではないのだし…。
適当に受け答えはしながらも、そろそろ店から出てしまおうかと思った頃、男の口から飛び出した一言に動きを止めた。



「でも、椿さんの目って綺麗だね。もしかしてハーフとか?」



だったらこんなに美人なのも納得だな、と笑う男に、私はその日一番の微笑みを作り上げた。

綺麗、ね。
聞き飽きた、下らない讃美だ。



「残念。覚醒遺伝なの」

「へぇ…お祖父さんかお祖母さんが外国人とか?」



笑顔に釣られて更に踏み込んでこようとする男の、愚かさと言ったら。
無知だからこその言葉の暴挙は、私の胸を抉らずとも不快感を募らせる。

“綺麗”だなんて、馬鹿らしい。
これは私の“災厄”なのに。

内心嘲る私が言葉を返すよりも先に、突然腕にかかった圧迫感に引き寄せられる。
驚く間もなく自然と立ち上がった私は、次に鼓膜を打つ声音に頬を弛めた。



「椿」



掴まれた腕の先で、不機嫌を隠さずに立ち竦む彼を振り返って。



「中まで来てくれたの」

「迎えに来いっつった張本人が店先にいなかったからな」

「わざわざありがとう。…それじゃあ、そろそろ私はお暇させてもらうわね」



荷物を引き寄せて手早く準備を済ませる私に、驚き戸惑ったのは隣にいた男だけではなかった。
突然のお迎えの登場はそれなりに衝撃だったらしい。未だに私の腕を掴んだままの彼に集まる視線は、驚愕の色を多く含んでいた。



「えっ、花宮さん、今から帰るの?…そいつと?」

「ええ。元々長居する気はなかったし…それじゃあ冬利、精算は明日ね」

「はーい了解」

「ちょっ…待った! 何? 花宮さんそいつ高校生だよな? まさか付き合ってるとか、言わないよね?」



飛んできた疑問に、腕に鈍い痛みが走る。
それにうっすらと笑みを浮かべながら、まさか、と笑い飛ばした。



「従兄弟よ、ただの」



ねぇ?、と首を傾げて軽く振り返れば、彼は人当たりのいい仮面を取り繕い、私とよく似た笑みを浮かべる。



「椿がお世話になりました。それでは、失礼させていただきますね」



いかにも優等生です、といったその演技には、笑いが込み上げそうになったけれど。
そこは堪えて、何も言えずに見送る男達から目を背け、女友達には軽く手を振って踵を返した。









 *



もう随分と暮れた空に、星はない。
店を出てからも掴まれた腕は離される気配はなく、前を歩く制服の背中を見つめたまま私は唇を持ち上げた。

本当に、解りやすい男。



「嫉妬でもしたのかしら、花宮くん。いい加減腕が痛いわ」



痣にでもなるのではないかと思うほどにぎりぎりと締め付けられる腕を示せば、力が緩むと同時にその足も立ち止まる。

それでも、離そうとしないその手に、僅かな満足感を覚えた。



「……合コンとは、聞いてない」

「ああ…言わなかったかしら」

「言ってねぇよ。つーか…何であんな集まりに行く必要があんだよ。別に男には困ってねぇだろ」



花宮の分家で私を除いて最も期待の大きい男が、私の前となると見違えるほどに襤褸を出す。その様が滑稽で仕方がない。
行動から、仕種から、声色一つとってもその感情は滲み出ていて、ついついもっと、突き出してやりたくなる。

もっと、もっと。
リビドーとジレンマに踊らされて、苦悶する姿が見たくって。
その胸の中をぐちゃぐちゃに掻き回して、前後不覚に陥らせてやりたい。



「確かに、男に困ったことはないわね」

「じゃあ何で」

「布石よ」

「…は?」



つい、といった様子で振り向いたその顔は、年相応に幼い。
可愛い可愛い花宮くんは、いつだって私の嗜虐心を刺激してくれるから、堪らないのだ。

この顔を、歪めてやるのは一生、私だけでいい。
そんな欲が、私を支配する。



「起業するのよ、私」



大学を卒業したら、すぐに。
にっこりと、満面の笑みを貼り付けて答えた矢先、私を捕まえていた手がずるりと、滑り落ちた。



「………は」



その、表情の抜け落ちた男の中身を、掴んで引きずり出して食べてしまいたい。
そうしたら本当に、一生私のものになるのにね。







崩し続ける遊戯




抱えているもの、全て。
言葉にできないから、分厚く重く、濃厚に育ち続けるしかないのでしょう。
20121022. 

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