狭い狭い、檻の中で産まれた。
少女よりも更に窮屈な、その中で。

血統を重んじる花宮の血筋に生を受けた少年は、抗う術を学べる歳になるより先にその世界の常識に染まりきった。
それは即ち歪んだ大人達の思惑であり、彼の両親からの、ある意味では庇護でもあったのだろう。
花宮の血筋故かやはり幼い頃から利発であった彼は、その事実を成長していくにつれて理解していったが、別段反抗心といったものは芽生えなかった。

世界が狭くあったとしても、出られない以上は染まってしまうが楽なのだ。
わざわざ自分から生き難い環境を選ぶほど酔狂ではない。
花宮真は、そうやって生まれ育った。
そうしているうちに、彼の人生を最大にねじ曲げる存在と、邂逅することになる。



その少女は、彼の父の兄の娘だった。
愚かなことに親族全体の反対を押しきって、その兄は血統すら明確でない女を娶った。そしてその女がたった一人産み落とした女児が、花宮椿、その存在だった。

彼女が花宮の敷居を初めて跨いだ頃には、未だその人間性は明らかにはされず、優れた能力も開花前であった。
幼く弱いただの子供であった彼女は、その母と同様に辛苦を舐めることになる。
その話だけを耳にしていた彼は、その子供という存在がどれだけ弱々しくみすぼらしいものかと想像してみては、顔を合わせることを心待ちにしていた。
そして、出逢ってしまったのだ。

冷たい視線、耳障りな雑言に気づいているだろうに、何の感傷も抱いていない、子供らしくない穏やかな笑顔を浮かべては美しい姿勢を保つ、その少女に。

予想外の事態に、幼い彼の脳内は掻き乱された。
絶対的な絶望に、心身諸とも弱りきった人間の姿を思い浮かべていた少年には、周囲の大人すら達観視しているような、彼女の姿勢が理解できなかったのだ。

何かしら、どこかしら傷があるはずだと思った。
これだけ心ない人間に囲まれていて、痛みを感じないわけがない。
彼は既に、被る皮を持っていた。
だからこそその皮を有効に活用し、少女の弱味を探りだすことを考え付いた。
紛れもなく、彼もまた花宮の人間であった。

他の子供達ですら避けて通る彼女に、懐いたふりをしながら隙を窺い少女を観察し続けた。
それは彼女の弱音や怨み言を引き出すためのことだった。
しかし彼は、そんな小さな弱音程度の話ではない、いつまでも折れない彼女の秘め事を見つけ出してしまったのだ。



弱味を握るということ。それは、彼女にとっては大きな意味がある。
隠し事はあればあるほど、少女の立場が悪くなることを彼は知っていた。理解していて、その秘密を父母に伝えたのだ。
やがてその秘密が噂になり、噂が暴力に対する明確な理由となることも、彼には察しがついていた。

けれど。
彼は、笑えなかった。楽しめなかった。
何故なら少女はどれだけの暴言を吐かれ、暴力を振るわれても、少しの反撥もしなかったからだ。
彼に対する恨みすら、見せない。ただただ、美しい笑みを浮かべているだけで。
それは彼にとって、お前など取るに足らないと、言われているようなものだった。

それが布石であろうことなど、加害者であるつもりの少年に気づけるはずもなかったのだ。
ただ、ただ、彼女の瞳に写っていない。そのことに対する苛立ちは募り、彼の行動を際立たせていった。

さすがに、身体中に痣を作って転がっていた時には彼自ら手出しはしなかったが。
それでも、嘲ってやった。お前の方こそ、生まれなければよかったのだと。

彼女の目に写っていないという事実が、彼の思い違いであることを指摘できる存在はいない。
だからこそ、彼はいつまでも彼女を陥れようと謀を続けた。
それは、彼女が手の届かないほど高い能力を見せつけ始めても。寧ろ届かないからこそ、彼の感情は切迫を極めていった。

その執着心の呼び名を、彼は知り得なかった。
身長が、能力が、年齢が…彼女との差を見せつける度に、胸を掻き毟りたくなるような息苦しさを覚えても。
どれだけ痛い目を見せても、彼女は何でもないような顔をして、微笑むのだ。
彼の心を不快感で満たしておいて、笑うのだ。



けれど、そこで気づいていればと、彼は思う。
気づいてさえいれば、歩む道が変わる可能性も無いではなかったかもしれない、と。

赤く赤く染まった、白い背中を思い出しては首を絞められる。
それは転がる前に落ちてしまった、運命の話。







少年の見誤った情感




嗚呼、こんなはずでは。

そんな台詞さえ紡げなくなることに、幼い彼は気づかなかった。
20121011. 

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