少女は、幼い時分から優れた洞察力を備えていた。
自らがどのような立場上に生まれ、どのような扱いを受けていくのか、それらを把握し二、三年程度先までは軽く見透すことができるほどには。

花宮という富んだ血筋の分家に、一人娘として生を受けたのがその少女、花宮椿だった。
彼女の母は幼い頃に両親を喪っており、物心がつくかつかないかの頃から孤児院で育てられたと聞かされた。
近い身内のいない母はやがて父と出逢い恋に落ちたが、形式や血筋に拘りを持つ花宮では異端の花嫁だったらしい。手酷い迫害を受けるのは必至であり、そしてその悪意はその娘である彼女にも、同様に襲い掛かることになったのである。

血脈を重んじると言えば聞こえはいいが、狭いテリトリーでお互いの仲を深める顔をしながら牽制し合う、花宮の一族は狸の巣窟だ。
常に己が利益を追求し邪魔者を蹴落とし続ける彼らは、皆どこか枯渇した部分を持っている。
そんな歪んだ大人達の求めるものと言えば、やはり己が渇きを潤す為の犠牲に他ならなかった。

歪んだ大人は徒党を組み、隙有らば彼女とその母を痛め付けた。
誹謗や中傷は当然、偶然を装い怪我を負わされることもあれば、親族間での立場をこれでもかと言うほどに奪われ、利用され、罵られ、嗤われたことも少なくはない。

しかし、彼女が挫けることはなかった。
元より花宮という血筋を嫌い、両親の仲睦まじきを見て育ってきた彼女には、危害を加える大人達の姿は宛ら害虫のようなものくらいにしか認識できなかったのである。
彼女は賢いだけでなく、母譲りの逞しさも兼ね揃えていた。



そして彼女が八歳になる歳のことだ。
花宮の人間でありながら彼女に危害を加えない人間が、たった一人だけ現れたのは。

彼女より三つほど下になるその子供の名を、真と言った。
何を気に入ったのかころころと笑いながら懐いてくる子供を、特に弾く理由のなかった少女は好きに遊ばせながらこっそりと観察した。
そうして、幼いながら大人顔負けの洞察力を保持していた彼女は、すぐにあることに気がついたのだ。
しかし気づきはしても、彼女は何の対処も取らなかった。

それが、無意識ではあるが、第一の布石である。



彼女には、とある秘密があった。
その秘密は露見すれば更に立場が悪化するということで、両親からの言い付けにより隠していた事柄だった。
それがある日、アポイントメントの一つも取らずに彼女の家に遊びに来た花宮真によって、暴かれてしまうことになる。

彼女の瞳の色が、蒼いということを。

その弱味を捕らえた瞬間に、その子供は掌を返した。
そう、彼は無邪気な子供の顔で、彼女にとっての不利益を探っていたのだ。

なんとも子供らしからぬ小賢しさに、けれど既にその性質を見抜いていた彼女は特にショックを受けることはなかった。
秘密を知られたところで、ばらされたところで、今更花宮の家系に期待などしていないのだからそれも当然の反応だ。
悪化したところで、今までと何が変わるというのだろう。何も変わらない。程度がほんの少し増すだけの、それだけの話だ。

予想通り母は不貞を疑われ、迫害は悪化の一途を辿った。不利になる事情を隠していたことで、疑いは更に深まったのである。
一、二年の間は汚れた子供と罵られ、リンチ紛いの目にもあった。
さすがに子供の身ではろくな抵抗もできず、傷だらけになった彼女を見たその原因を探りだした子供は、嗤ったのだ。

生まれてこなきゃよかったのになァ、と。

彼女は、与えられた傷の痛みも忘れるほどに戦慄した。
子供ながらに悪どい笑みを浮かべる花宮真、その人間に、初めて芯から興味を持った瞬間だった。

その造りだけは可愛らしい顔が、絶望に涙を溢したら。
その歪みきった精神を羞恥や怒りで掻き回してやれたら。
嗚呼、どんなに…どんなに気持ちがいいことだろうか。

背筋を駆け抜ける電流に、唇を歪めて。
彼女は、その立ち位置、状況を第二の布石と定めた。



母の不貞については、事実は有り得ないものと父も彼女も納得していたので、特にこれといって問題が起こることはなかった。
母の血筋からの覚醒遺伝だろうと、元より両親がそう口にしていたし、彼女の家族三人だけを数えれば仲睦まじく幸せな家庭だったのだ。

風当たりがどれだけ厳しくとも、それは常に襲いかかってくるわけではない。
花宮の人間がどれだけ彼女らを迫害しても、それを越える楽しみ、能力、家財を抱えていさえすればいいのだ。
そうなれば次第に惨めな思いをしていくのは、害虫擬きに成り代わる。

幼くも賢かった彼女は次第に自らの能力の底の深さを知り、順を追っては開花させていった。
勉強をさせれば全国模試でも三位は下らず、楽器を奏でさせればトロフィーは確実。
学業、芸術、スポーツ、コネクション…何においても隙の無い彼女の成長ぶりに、年を重ねるごとに大人達は苦虫を噛み潰し、ジレンマを抱え、劣る自らの子供達を叱責した。
そして思惑通りに彼女を痛め付けられなかった花宮真は、再び彼女を出し抜こうと画策し、時に行動に移すようになる。
それすら、彼女の計画に組み込まれているとも知らずに。
それらはまだ、彼女にとっては序の口のことである。

嫉妬の集結は第三の布石の更にまた、布石。

すべての状況、すべての行動、すべての悪意が彼女の準備期間だと知るのは、恐らくは両親と…もしかしたら、あの子供も気がついているかもしれない。

そう、彼女は賢かった。
そしてやはり彼女も、歪んでいたのだ。





とある少女の糸紡ぎ




強く、気高く、美しく。
それは本質を隠す為の装いに過ぎない。
甘い香りを撒き散らしながら、彼女は落ちずに長く咲く。
20121011. 

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