シリーズ | ナノ


一週間以上が経過して、解ったことがある。
私の所属するクラスに、私の味方は存在しない。



(心が折れそう…)



正しくは、味方というか私の感情を汲み取ってくれる人がいない。
ウィンクの暴発以降、人目も憚らず明け透けなアピールを繰り返す劉くんに、クラスメイト達は何か感じるものがあったのか、とても協力的になりつつある。

今日も今日とて、彼と同じ日直当番だったはずの女子から日誌を手渡された。にっこり笑顔を貼り付けたクラスメイトを前に、拒む勇気がどうしても湧かなかった私は、典型的なノーと言えない日本人である。
押し付けられた日誌に涙を溢さないようペンを走らせる速度を増しながら、それでも胸の中でくらいは私だって不満を叫びたい。

お願いだからこんなことで結託しないでよ…!



(グループ編成やら委員当番やら昼休みやら日直やら…!)



頻繁に、二人きりになるような状況をあからさまに押し付けられて、私は内心頭を抱えまくっていた。

押し付けられた仕事なんて、これでもう何個目かも判らない。その度に誤った恋愛感情をダイレクトに向けられ続けている、私の身にもなってほしい。
雑用だけなら我慢できるけれど、劉くんと二人にされるのは心臓というか内臓に悪い。
手違いで巻き込んで申し訳ないという罪悪感と、どうにも噛み合わない言動に緊張し通しでつらいのだ。



「あの、部活忙しいだろうし…よければ私が全部やっておくよ…」



特定の部活に所属しているわけでもない私は、時間に余裕がある。比べて劉くんはというと、確か中々の強豪であるうちのバスケ部でスタメン入りしている実力者だと耳にしていた。
それならば練習もかなり厳しいのではないかと踏んで、期待する。多忙さを気遣うことでなんとか一人になれないかと見上げた先にある顔は、しかし私の言葉に軽く瞬きをするとそのまま首を傾げてくれた。



「元々の当番でもないのに、なまえに押し付けるわけにはいかないアル」

「そ、そう…」



さらりと出された返事に、つい視線が泳いでしまう。
ありがたいけど、その気遣いは欲しくなかった…。

いっそ押し付けてくれれば心は穏やかにいられたのに…と隠れて小さな溜息を吐き出した。
ここ一週間で、アピールはあけすけであっても冷静さを欠いたりはしない人だということは知り得た。けれど、だからといって私までそう簡単に落ち着けるわけもない。



「なまえは色々、ぎこちないアルな」



黒板に残っていた文字を消して、窓の鍵を一つ一つ確認する劉くんは、さすが上背があるだけあって仕事を終わらせるのが早い。
廊下の水道場で軽く手を洗って帰ってくると、日誌を埋めている私の前の席に座り、こちらを見下ろしてそう言った。

何を言われたのかよく解らずに固まりかける私に、また躊躇いもなく伸ばされた指が頬をつまんでくる。
びくりと揺れてしまった肩を一瞥して、すぐにまた顔に戻ってくる視線に息が詰まった。



「な、に…?」

「触れ合う練習アル」

「っ…は?」



何を考えているのか底が読めないのに、愛しそうに見つめてくる瞳が怖い。怖いというか、苦しい。
おかしくさせてしまう前の彼の人格をちゃんと知っていれば、もう少しくらいうまく対処もできたかもしれないのに。
そんなことを考えたところで、後の祭りだ。そもそも男子自体が苦手な私だから、そう簡単に事は進まなかっただろう。解っている。

むにむにと顔を弄られる感覚には慣れきれない。
その気持ちは思いっきり態度に出ているのだろう。椅子に座っていても高い位置にある彼の顔が、普段よりも弛く力を抜いたように見えた。



「なまえは日本人の中でも特に照れやすい。可愛らしくはあるがずっと人慣れしないままでも大変アル」

「え、い、いいや私は別にこのままで…」

「ずっとは大変アル」

「うっ、いや…」



二回言うほど大事なことなのだろうか。
腰を引きたくなったけれど、背後は背凭れに収まっているし椅子ごと下がるのもあまりに露骨だ。

早く仕事を終わらせて、寮に帰りたい。
異性や接触に慣れていないと確かに困ることも多いけれど、今すぐに治せる性質でもない。困った特性を持っていることもあり、半ば諦めかけていた対人コミュニケーションの拙さを指摘されて肩を縮めたくなった。

放っておいてほしい。それが正直な気持ちだ。
だけれど、彼の言葉にも間違った部分はない。押し付けがましいと振り払うほどの強い思いも、私にはなくて。

つい、逃げるように視線を下げてしまう。
私のことを考えての言動は、拒むべきものではない。けれど、彼は。劉くんは、誰にでもこんな風に踏み入ってくるような人でも、ないのでは。
これは、私への好意があるからこそ飛び出した言葉のはずだ。

考えの纏まらない頭と動かなくなるペン先を自覚して、溜まった唾を飲み込んだ。



「あの…劉くん」



そこまで踏み入ろうとしなくて、いい。
私を想って付き合ってくれなくていい。
その気持ちは勝手に植え付けられた、紛い物だから。

一方的で自分勝手な恋情を投げ付けられ、迷惑を掛けられる時よりも、重苦しい気まずさに伸し掛かられる。
押し付けがましくても何でも、優しくされるのは心苦しかった。私の所為でおかしくさせた人に、気遣われるなんて居たたまれない。

恐らく、ある種の危機感すら感じていた。



「あのね、その…劉くんは、突然私に…可愛いとか言ってきたよね?」

「…まあ、そうアルな」

「それ……私の所為なの」



耐えきれない。黙っていられない。
今まで、身勝手なタイプの異性に追い掛けられることしかなかったからだろうか。家族しか詳しくは知らない秘密が、喉奥から飛び出してくる。

それも、口にしてしまったことに後悔を覚えないのがおかしかった。



「なまえの所為?」



訝しげに復唱した劉くんを、見上げられない。
こんなことを誰かに説明したことはないから、次にどんな展開に転がるかも分からない。

もしかしたら、責められるかな。それとも冗談と笑い飛ばされるか。
どちらにしろ、胸が痛みそうだ。机に置いていた手を、ぐっと握り締める。



「私、小さな頃から困った特性があってっ…昔から突然男の子に好かれたりすることが、それでたくさん…」

「特性…なまえは、それにワタシも引き摺られたと言いたいアルか?」

「そ、そう…だから、それは劉くんの気持ちじゃないから…私の所為で…ごめんなさい」



更に深く俯いた時には、既に私の頬から長い指は離れていた。
どくん、どくんと強く身体に響き始める鼓動に、心が押し潰されそうになる。

何を言われるだろう。どんな反応が返ってくるのか、怖くて堪らない。
馬鹿にされても悲しい。怒られても苦しい。この魔法に踊らされるのは、掛かった異性だけじゃない。掛けた私も振り回されるほど、昔からずっと手に負えなかった。

何を言われてもどんな目に遇っても、私の所為になってしまうのが怖かった。
それなのに。

ビクビクと怯えて処断を待つ私に、そこまで間を置かずに掛けられた声は軽すぎた。



「それが何故なまえの所為になるアルか?」



………え?

不思議そうに、意味が解らないとでも言いたげに紡ぎ出されたあっさりとした声に、思わず顔を上げて絶句する。
そこにあった彼の顔は至極自然体で、笑ってはいなかったけれど怒ってもいなかった。かといって疑う素振りもなく、ただ静かな目が私を写して一度だけ瞬く。



「特性というものがどんなものかはよく解らない…が、要因はもっとどうでもいいアル」

「どっ…」



どうでもよくない…!

そう言いたかったのに、あまりに彼の瞳が真剣で、私の言葉は出てくる前に詰まって形にならなかった。
そんな私に構うことなく、常識でも語るかのように淡々と、劉くんは続ける。



「切っ掛けより、なまえを好きになった気持ちの方が大事アル」

「……な…」

「なまえがわざとそうしたわけでもないなら、責任を感じる必要もないと思うが」



おかしいアルか?、と本気で頭を捻っている劉くんに、硬直したまま動けない私は必死に呼吸を保っていた。

何を言ってるんだろう、この人。自分がおかしくされたというのに、どうでもいいだなんて。
私の所為で、人生を滅茶苦茶にされそうだった人だって過去にはいたのに。
そんなことを知らないから、言えるんだ。そんな風に簡単に。
私の所為じゃないなんて。責任を感じることでもないなんて。



「……そう、なの…かな」



そうだったらいいのに。
今までの魔法がただの偶然で、何もかも私の責任でなくなれば。
もっと楽に生きられる。そんなはずはないし、どうせ過去の事実からは逃げられないけれど。

だけど、何だか鼻の奥が痛くなるくらい、彼の言葉は軽かった。



「少なくとも、ワタシはそうアル」

「……そう…」



少なくとも、そうか。彼はそうだと、言ってくれるのか。

どうしよう。少し、胸が苦しい。



(洗脳してるようなものなのに)



彼が構わないだけ、きっと私は構ってしまう。
予感は身体中に満ちて、困ったことに涙腺を刺激した。







処方を誤りました




もしこの魔法に期限が見つかった時、彼は今日と同じ言葉をくれるだろうか。
そんなことを考えた、自分の頭を殴りたくなった。

20140603. 

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