シリーズ | ナノ


中国人留学生をうっかり恋に落として、早くも五日ほどが経過してしまっている。
その間件の彼、劉偉くんは時間があれば私の隣を確保し、名前呼びを固定し、更にはよく頭や頬を撫でてくるようになっていた。

ちょっとばかり速すぎる展開について行けず、進行具合に青ざめる私である。
行動は常識的で、私物を盗んだりストーキングしたりといった、こちらが本気で受け入れられないようなことは一つもしてこないけれど。基本紳士的で無駄に騒ぐ人でもないし、今までウィンクの魔法に掛かった人達の中で一番まともな扱いをしてくれてはいるけれど。

だからといって心穏やかにいられるかというと、そんなはずもなく。



「少し眠そうアルな。なまえは朝は苦手アルか」

「え、う…はい、まぁ」



クラス内では滅多に表情筋を動かさない人だというイメージも、変わりつつある。いや、これもウィンクの効果かもしれないから元はやっぱりあまり笑わないのかも。
それでも柔らかく細められた目とふわりと弛む口元に、不快感を覚えはしない。
彼の造形も中々に整っていると思うし、高い身長にはつい怯えてしまうけれど、嫌いと振り払いにくいのも難点だった。

微妙に、絆されてはいないけれど、流されているというか。日本人とは異なるテンポの所為だろうか。



「あ…あのね、劉くん」

「ん?」

「あの…手、手を、離してクレマセンカッ」



ぺたぺたふにふにと、朝の挨拶を交わした直後から触られているというか、柔く揉まれ続けている頬を示してお願いする。
最後辺り緊張でカタコトな早口になってしまったのは許してもらいたい。だって私、本当に男子には慣れてないんだもん…!



「…嫌アルか?」

「うぇっ? い、や、嫌とかそういう話じゃ…えっと」

「なまえが嫌ならやめる…柔らかくて触り心地がいいから、つい続けたくなって困るアル」

「こっ…」



困っているのは私なのですが。
そんな言葉が喉元から飛び出してくれないのは、名残惜しげに離れていく手と真正面から見下ろしてくる眼差しの素直さの所為だろう。
あまり変わらない表情でもしゅん、と悄気た雰囲気を纏われたりすると、私が悪いことをした気分になる。

嫌なこと、と感じるほど嫌なわけでもなかったのも、本当なわけで。
ギリリ、と良心を締め上げられた気がして泣きたくなった。これは、私が悪いの…?



「ち、違うよ…? 嫌とかじゃなくて、何ていうか…えっと」

「気にすんなー劉、照れただけだってよ」

「みょうじさんって大人しいから。ほら、大和撫子的な! 人前でいちゃつくのが恥ずかしいのよ!」

「そうアルか」

「…!? え、は、い!?」



コロッと顔色を変えて納得したように頷いた劉くんよりも、唐突に混じってきた他者の声に驚いて、慌てて周囲を見回した瞬間に目眩がした。
私と私の席の前でしゃがんでいる劉くんへと、いつの間にか登校してきているクラスメイトほぼ全員の視線が突き刺さっていたことに、今更気が付いて。
ぶわっと湧き上がる羞恥心に顔に熱が集まる。

やめてください生暖かい視線は! 何その出来立ての初々しいカップルを見守るような表情は!
リア充爆発しろって言ってくれていいんだよ! いやリア充じゃないからそれも困るけど…!

言葉にできない叫びは胸の内で響く。口にする勇気はない。
現実には口をぱくぱくとさせるだけの私に、再び戻された彼の視線は柔らかなものだった。

あっ駄目だこれ多分駄目な方向に転がったやつだ…!



「古きよき、というやつアルな」

「や、ちがっ…違う、から。こんなの捕まえて大和撫子とか、そんな、烏滸がましいにもほどがあるやつですよっ?」

「なるほど、これが日本人によくある謙遜アルか」

「違いますってばぁぁ…!」

「なまえといると楽しいだけじゃなく勉強になるアル」

「う、あ…うぅぅ…っ」



もう、もう、何を言えば通じるのか…!

噛み合わなさに抱えた頭を机に突っ伏して涙を堪える。
こんな風な展開に転がったこともなければ、まともな恋愛経験どころか男子相手にはコミュニケーションすら避けてきたのだ。うまい躱し方なんて少しも浮かばないし、何故かクラスメイト達は見守り体勢だし、絶望しかない。

劉くんは悪い人ではない。悪い人ではないのだ、本当に。
ただ、本当に、真っ直ぐに真意が伝わらないだけで…!



「人前でなければ、嫌じゃないということアルな」

「ひっがぁぁうぅぅー…っ」



堪えきれなくなった涙が袖を濡らす。どうしてこうなった。私の所為でした。
この厄介すぎる魔法に、せめてはっきりとした有効期限があればいいのに。顔を上げずに嘆く私の髪を梳くように持っていく指は、やっぱり彼のものなのだろう。確認するまでもないくらい、地肌を滑る指先は優しかった。
だから余計に涙が止まらないのだ。



「なまえは本当に愛らしいアル」



五日で遠い彼方へ過ぎ去ってしまった狂う前の劉くん、本当にごめんなさい。

甘ったるい囁きは私の鼓膜だけでなく、罪悪感へぐさりと突き刺さり続けた。







手の施しようようがありません




(しかし二人でいられる場所も時間も限られるアルな…)
(…! そう、だ。劉くんは私なんかにかまけてる暇もないよ、忙しいでしょう…っ?)
(まぁ、暇ではないアル。…斯くなる上は慣れさせるしか)
(!? な、何をっ…じゃなくっ…慣らさなくていいからっ…!)
(それじゃ、なまえに触れられないアル…)
(うっ…ぐ……っあ…頭だけ、なら…触ってもいい……かなぁ…?)
(分かった。頭や顔から慣らしていけばいいアルな)
(ちがっ、慣らせって意味じゃないんですって…!)

20140515. 

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