シリーズ | ナノ


細心の注意を払っていたはずの日常生活は、一瞬の気の緩みによりあっさりと覆ってしまった。

ああ、なんて迂闊な私。
こんなことなら素直に女子校に進んでおいた方が周囲に味方がいた分まだマシだったかもしれない…なんて、嘆いたところで後の祭りだ。



「みょうじは少食アルな」

「そ…そんなことは」

「それで午後も乗り切れるアルか?」

「い、う…一応…」



人の話し声でざわめく食堂内、どうしてこうなったのかと身を縮めながらぼそぼそと答えを返す。
私の両手にはサンドイッチ、そして正面には日替わり定食に箸を進める件の中国人留学生。

本当にどうしてこんな状況になったのか。
泣きべそをかくのを我慢しながら内心頭を抱えっぱなしだ。



(いや、どうしてって、ウィンクの所為だけど…!)



相変わらずこの特性は私の首を絞めてくれる。
お気に入りであるはずの生ハムとアボカドのサンドイッチは緊張の所為でろくに味も判らない。胃腸までぐるぐると荒れだしそうな勢いに、食べ物を飲み込むことも躊躇うレベルだ。

運動場整備の日のあの一件以来、例によって片目の魔力に魅入られてしまった彼はことあるごとに私に話し掛け構ってくるようになった。
日常会話から込み入った会話、それからじわじわと接触を増やされて、とうとう昼食の約束を取り付けられて今に至る。
予想できたこととはいえ、元から異性が苦手な質だ。今までの経験のお陰で恋愛的なアピールには恐れを抱いてしまうし、何よりこの留学生の背丈の高さには威圧感を感じざるを得ない。
だからというか、ずんずんとパーソナルスペースに攻め込まれると追い詰められて、逃げられなくなってしまうのだけれど。



「小さいのは愛らしいアルが…もう少し食べた方がいいアル」

「う、え…あ、ありがとう…?」



身長に比例して長い腕が伸びてきて、サンドイッチと一緒に買ってきていたミルクティーの隣にぽん、とデザートのカップが置かれる。
定食付きのデザートは、確か今日は杏仁豆腐だった気がする。甘いものは好きだし、これくらいの好意なら受け取っても大丈夫だろうかと頭を下げれば、軽く目を細めて微笑を返された。

唸りたくなるのはこんな瞬間だ。
問題の中国人留学生、劉偉くんは基本的にはそこまで煩くも空気の読めないタイプでもなかった。
素直に優しいのだ、この人は。気遣いだってできる。というか、気遣ってしまったからこんな目に遇わせてしまったわけで。あの日私に声を掛けてくれたのは間違いなく、彼の優しさ故のことだったわけで。

今までウィンクで落ちてしまった人達と比較すると、かなり紳士的ではあるし今のところ害はない。
害はない…けれども。



(困るぅぅぅ…っ)



他のクラスメイト達には一目惚れやら恋狂いやらと好き勝手に騒がれて笑いのネタにされるし、身長二メートル越えの留学生の傍に置かれると否応なしに私まで目立つ。
見世物のような目で見られるのはやっぱり恥ずかしいしいい気分はしない。私だけでなく、私が巻き込んだ人がそうなってしまったというのも心苦しくて、つい力がこもる手の中でサンドイッチが潰れた。

本人からの害が殆どないからこそ、申し訳ない。今まで散々ストーキングしてくれた被害者達と同じくらい有害であれば、対処法もあったしもう少し強く拒否もできたはずなのに。



「元気がないアル」

「…そんなことは…」



なくは、ないですけども…。

異国人ということもあって、どんな対応をすれば一番効果的なのかも掴みにくい。
不思議そうに、それでもこちらを気にするように首を傾げて窺ってくる彼の表情に渋いものを感じつつ、苦笑を返すしかなかった。

振り払えないし、きつく当たれないし、丸め込まれるし。



(本当に、どうしよう…)



突き放すこともできずにここまで悩まされるのは、もしかしたら初めてかもしれない。








極めて厳しい病状です




(みょうじは笑っていた方がいいアル)
(は、はぁ…)
(勿論普段から愛らしいアルが)
(ど……どうも…)
(見た目も中身も…名前も可愛かったアルな。次からなまえと呼ぶことにするアル)
(あ、はい……いいっ!?)

20140419. 

prev / next

[ back ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -