シリーズ | ナノ


家族以外の誰も知らない、仲のいい親友にすら打ち明けていない秘密がある。
私には、片目瞬き一つで人の心を捕らえる力がある。
心を捕らえるなんて言うと大仰に聞こえるけれど、個人差があるし、副作用じみたものもある。ウィンク一つで人を恋に落とせるというか、お願い事を聞いてもらえやすくなるくらいの力なのだけれど。

小学三年生の頃、クラスメイトの女子達と一緒にウィンクの練習をしていた最中にこの力は発覚した。
私の練習が成功した瞬間、偶然それを見ていたクラスの男子三人が挙ってその場で告白してきたのだ。
唖然とした。何が起きたのか理解できなかった私は勿論のこと、その場にいた彼ら以外の人間全員がぽかんと口を開けて異常事態に着いていけないでいた。

想いの形も十人十色で、その三人の男子は各人個性を見せつけてきた。
一人目の菅原くんは元から大人しい人だったので、切に切に想いを訴えてきた。聞いてる方が照れた。
二人目の海野くんはやんちゃで真っ直ぐなタイプで、大声で叫ばれた。これはもの凄く恥ずかしかった。
そして三人目の久賀くんはナルシスト気味というか普段から自身を特別視している人だったので、こちらの答えはイエスしかないと思いこんだような口説き文句をくれた。正直ちょっとどころかかなり引いた。

そんなわけで、わけが分からないなりに直前の行動がおかしな事態を引き起こしたのだと見当を付けた私は、ウィンクを封じた。
せっかく習得できたものだけれど、異常を引き起こすのなら仕方がない。周囲に勧められたのもあって、故意にウィンクをすることは止めようとその日の内に決心した。
誑かされた被害者三名はというと、悪い魔法に掛かってでもいるように小学校卒業までアタックを続け、時には乱闘騒ぎにまでなってしまうこともあるほどだった。どうやら、効力は弱くないらしい。
自覚も他意もなかったとはいえ私の所為で彼らがおかしくなってしまったことは間違いなく、申し訳なく思った私は小学生最後の年に猛勉強をして、難関校を受験した。
ぶっちゃけてしまえば愛の重さに辟易していたのも本音ではある。彼らとの縁は、ここで時間をかけて途切れさせた。

中学時代も困ったことは多々あった。意識的にウィンクをすることはなくても、片目を閉じてしまうことは日常の中では普通にある。
通りすがりですれ違っただけの他校の男子に数日付きまとわれたり、見ず知らずの男性にいつの間にかストーキングされていたこともあった。何れも両親と相談し、警察のお世話になった。
中学は女子校に通っていたので、気を抜きがちだったのもまずかった。
タイミング悪く片目を閉じたところを副担任の教師に見られ、危うく迫られ掛けたこともある。これには本気で危機を感じたけれど、幸い三年の夏のことだったので卒業という逃げ道は存在した。

異性に囲まれていないと警戒心も育たないのかもしれない。助けがありすぎても気を張れない。それならば親元を離れ、自立した方が今後のためかもしれない。
そもそも、家から距離を置いた方が今近付いて来ようとしている異性からは逃げやすい。油断したことで引き付けてしまった男達から、物理的にも距離をとりたい。

よし、逃げよう。
そう決意した私は急遽志望校を変更し、貞操を狙われる恐怖心から逃れるためにきっちりしっかり勉強し、学生寮の完備された秋田の陽泉高校へと無事進学した。
両親は心配したけれど、教師相手だと自宅は知られてしまっているので、暫くは家にいない方が安全なはずだと言えば納得してもらえた。新生活の方は走り出しは上々で、共学となると気も引き締まり下手を打つことなく一年は越えられた。

しかし、世間には中弛みという言葉がある。
一年を無事に越えた私の緊張感はまたもや抜けてしまっていたらしい。運動場の整備を手伝っている最中のこと、強く吹いた風の所為で目の中に入った砂に、私は咄嗟に目を閉じてしまった。
ゴロゴロと違和感と微妙な痛みを発する目から涙が出てきて、つい手を伸ばしそうになったところを近くで作業していたクラスメイトに止められた。
そこまでは、まだよかったのだ。



「擦るのはよくないアル」

「え? あ、う…ん…」



突然掴まれた手首にちょっと驚いて、顔を上げてしまったその時、目の痛みに気をとられて判断力が鈍っていたのだと思う。
独特な口調を耳で拾い、ああ彼か、と相手を把握した後に中国からの留学生だという男子を見上げた。

力のことがあってあまり異性には近付かないし、事務的なこと以外では会話をすることも殆どない。
そのクラスメイトも普段は全く関わりのない人だったため、どんな態度をとればいいのかと迷ってしまったのだけれど。

高い位置にあるスッキリと整っている顔は、私の視線を受けた瞬間にふっと息を吐くように笑った。



「…可愛い顔、してるアル」

「……は」



……え。笑った?

クラスで見掛ける限りではあまり表情を表に出さない人だと思っていたから、つい吃驚してしまった私はまだ、自分が何をしていたのか気付かなかった。
潤んだ視界は片目分だけで、砂の入った方の目蓋を閉じてしまっていたというのに。



「みょうじは可愛い…交際してほしいアル」

「……っ!?…あ…あああぁ…っ!」



皆まで言われて初めて、失態に気付いた私は言葉にならない声を上げた。

何故私は、両目を瞑らなかった。もしくは、顔を伏せたままでいればよかったものを…!

衝撃に目を見開いた瞬間、ぼろりと落ちた涙のお陰で砂は流れたようだけれど、今度はそれどころではなくなってしまった。
私はまた、ドジを踏んだ。しかも今度はまた、酷いドジを。



(異国の人までも巻き込んでしまったぁああっ!!)



どうしよう。いや、本当にどうしよう。
同じ日本人ですら説得や回避にとてつもない労力を費やした思い出が、一瞬にして頭の中を駆け巡る。
これ以上はないくらいの失態に、凄まじい脱力感に襲われた私はへなへなと地面にへたりこんでしまった。



(ここ一年間の努力が…水の泡……)



しかも、まずい形でふいにしてしまった。
高校二年は始まったばかりだ。相手がクラスメイトとなれば逃げ場はなく、国籍が違えば言葉もどこまで通じるか判らない。

どうしよう。本当に、とても困ったことになってしまう。
突然崩れ落ちた私に驚いたのか、手首を握ったままの大きな手に力がこもるのを感じた。



「! 大丈夫アルか、みょうじ?」

「だ、だいじょ…」



ぶ。なわけ、あるか。
全然大丈夫じゃない。既に心が折れそうだ。けれど相手に悪気はないどころか被害者であり、原因は私にあるので強く当たれるはずもなく。

つい数秒前に告白というものをしてくれた彼の方が、私よりもずっと落ち着いていた。
立っていると迫力のある身体が、隣にしゃがみこんでくる。



「驚いて腰でも抜けたアルか」

「…そ、う…ね…」

「それは悪かったアル。ここじゃまた砂が来るから、暫く休んでるといいアル」

「う、ありがと…って、ほぎゃー!」

「ほぎゃ?」



それはどんな意味の言葉か、なんて首を傾げる顔のあまりの近さに、かちんこちんに身体が強張ってしまうのが自分で分かった。
膝裏と背中に回された腕に、服越しとはいえぴたりとくっついた肌に心臓がばくんと跳ね上がる。



「な、ななな何してるんですか!?」

「腰が抜けたなら、歩けないはずアル」

「そ、そっ…それはそうかも…いや、でも少し待てば歩けるようには……っ」



ウィンク一つで男心を捕らえられはしても、その影響でどちらかというと異性は苦手な方だった。
怖い目にも面倒な目にも、たくさん遭ってきた。だからこそ実際に距離を詰められる前に逃げ出したし、こんな風に抱えあげられるなんてとんでもないことで。

それなのに、半泣きで動けなくなる私を見下ろす顔は変わらず涼しげなものだから、何を言ってどうすればいいのか混乱した頭では考えが浮かばない。
思考が空回り、身体も動かせない。泣きたいし叫びたいし、逃げたくて堪らないのに。



「大丈夫、落とさず運ぶアル」

「そういう問題じゃ…っ、びゃーっ!!」



今、何された!? 頭に、何された!?

前触れなく額より少し後ろ側、髪の上に落ちてきた唇に今度は口から心臓が飛び出てもおかしくはなかった。
私が動物なら全身の毛を逆立てていたに違いない。けれど、仕掛けた張本人はというとやはりいやに冷静なままだ。



「みょうじはよく分からない言語を喋るアルな」



アルアル言ってる貴方に言われたくないですけども!!

口を回す余裕も奪われて内心叫ぶ。
さすがに、ここまであっさり主導権を握られ強引に進められたことなんて今までにはなかった。
近くで作業をしていた他の生徒達の唖然とした表情は記憶に残るものと大差なく、目眩を感じて両手の掌で顔を覆う。

やってしまった。本当に、やらかしてしまったのだ。
しかも人前で、髪にとはいえキスまでされてしまって。注目されて恥ずかしいやら、この先のことを考えて恐ろしくなるやら。

そんな私の気持ちなど知るはずもない留学生は、感情がこもっているのかいないのか、判断がつかないような声で歯の浮くような台詞を吐き出す。



「照れている姿も愛らしいアル」



それは貴方が暗示に掛かっているからです。気を狂わせてしまってごめんなさい。

指の間から窺い見た、ほんの少しだけ弛められた表情には確かに好意が滲んでいて、罪悪感を刺激された。その一方で状況への危機感も込み上げてくるものだから、頭がどうにかなりそうだ。

愛情を込めて可愛いだなんて言われたところで、ろくなことは起こらないことを身をもって知っている。
心の中で滂沱する今の私には、くっついた部分から伝わる他人の体温から気を逸らし続けることくらいしかできそうになかった。







急募、魔法を解く方法




ウィンク一つで恋に落とせるなら、お手軽にそれを解く方法まで授けてください、神様。



 *

企画『kiss to...』に提出させていただきました。

20140312. 

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