シリーズ | ナノ


未来破局復縁後。モブ元カレ注意。






大きな別れとその後のいざこざを経験し、結局元の関係に落ち着いてしまってからというもの、二人の間に遠慮がなくなった気がする。
あれよあれよという間に同棲に持ち込まれ、物理的にも垣根をなくされてしまったからだろうか。以前よりもお互いに我慢をしなくなった所為で、ちょっとしたことでも口を出し合うことが増えた。

小さなものなら落ち着いて相談に移れるから、溜め込むことがないのは私達にとっては悪いことじゃない。
ただ、そのまま口論になると、たまに長引いてしまったりもする。それで愛想を尽かしたりとか、崩れる方向に発展したりするわけでは、ないのだけれど。






「でも、今回ばかりは絶対、私は怒ってもいいと思うの」



溜まった怒気を目一杯含めた息を吐き出せば、慣れ親しんだ喫茶店のテーブルを挟んで正面に座る男は、軽く視線を泳がせながら苦い笑みを浮かべてくれた。



「それはいいけど、何でオレが呼び出されるかなー」

「一番暇そうかなって」

「デートの約束あったんだけど?」

「大事な約束だったなら、来なくてよかったのに」



今から帰っても、別に恨むつもりもないし。

数ヶ月前まで誰より親しい位置にいた男だけれど、辰也くんと縒りを戻した私を、今優先しなければいけないわけでもない。
そんな義理もないのだし、予定があったのなら放っておかれても一向に構わなかったのに。連絡一つ入れただけでほいほいやって来るのだから、相変わらずだと思う。
相変わらず…よく言えば、フットワークが軽い。



「ひっどい! そーゆーこと言う!? 弱った面ちらつかせながら電話してきたなまえちゃんが!」

「…ごめんね?」

「なんかあざといって言うか、図太くなったね」



可愛いけどさー、と文句を溢しながらも立ち去る様子はない彼に、私は密かに機嫌を浮き上がらせた。
こういう世話焼きの性分は、彼の美徳でもあるのだ。

元の約束を破って急な呼び出しに応じてしまうのは、どうかとは思うけれど。
そういえば私と付き合っていた頃もたまに約束をドタキャンされることがあったなぁ、と遠くはない記憶が微かに蘇った。
来なければ来ないで本当に構わなかったけれど、もしかしたらイーブンと言えなくもないのかもしれない。
それでも、若干悪いことをしたかなぁ、と私は思ってしまうけれど。



「知ってたけど、お人好しだよね」

「可愛い女の子一人で泣かせらんないでしょー…てか、なまえちゃん女友達いないの? 彼氏くん怒るんじゃない?」

「いる。し、怒らせたいから、いいの」



女より男と一緒にいたい気分だと言えば、困り気味に笑われたけれど…仕方ないじゃない。
異性で信頼を置ける人間となるとその数は絞られるし、どうしてもこの人しか浮かばなかったんだから。



「まーオレも、別れ際腹癒せに振り回しちゃったし、いいんだけどね」



頬杖をつきながら、それで何があったの、と促してくれる彼は本当に変わらない優しさを振り撒いてくれる。
浮気癖さえなければいい人なのになぁ…と一瞬過った考えは、この優しさが浮気の元凶だったことも思い出してすぐに消えた。人間、そう都合よくは出来ていないものだ。

虚しい現実から今は目を逸らし、とりあえず促されたまま本題に入ることにした。



「恋人が…」

「うん」

「キスしてたの」

「…え? なまえちゃん以外と?」



筋張った手が持ち上げようとしていたカップが、中途半端な高さで止まった。
目を丸くして凝視してくる彼にこくりと頷いてやれば、今度はその口がぱかりと大きく開かれる。



「何?…浮気? マジで!?」

「そこであなたが驚くのもどうかと思う」

「いや驚くよ! だってあの、なまえちゃんに近づくだけで視線だけで殺しにくる彼氏くんでしょ!?」

「視線で終わるからマシな方だと…」

「えっ…そんなにヤバい人なの? あのキレーな顔した人が?」

「女の子には基本的には優しいけど、男には拳で語る時があるかなー…」



まぁ、それはどうでもいいんだけど。

いやどうでもよくないよ?、と首を振る男の訴えは聞かなかったことにして、話を続けた。



「浮気ではないの。彼の…趣味の方の師匠がアメリカの人でね。ちょっとスキンシップ過多気味で」

「へぇ…師匠って若いの?」

「うーん…歳は知らないけど、溌剌としてるから若く見えるし、やっぱり美人…」



悪い人じゃないことは解っているのだと、先に言い加えておく。
文化的な違いはあっても、私にもよくしてくれる人ではあるのだ。



「その…キス魔なんだって。それは昔からちゃんと教えられてはいたんだけど…目の前で見せられちゃうと、やっぱりどうしても、モヤってするっていうか」

「あー…そりゃまぁ、嫉妬もするか」

「でも辰也くんの方は私が他の男と喋ってるだけで不安がるから、もう、何なのそれって思って」

「それノロケ? てゆーか、オレが一緒にいたらまた喧嘩になるんじゃない?」

「それでも…気が済まなかったんだもん」

「わーとばっちりー」



飲み損ねていたコーヒーを傾ける彼は、少しばかり考えるように間を置く。
その視線が宙に投げられて、もう一度私に向けられ直すまで、同じように私も自分の分の紅茶で喉を潤した。



「彼氏くんにも非があるのは解ったけど…なまえちゃんどうしたいの?」

「…どうって?」

「オレと会って。オレこそなまえちゃんは気に入ってるし、キスの一つでもして唆したりするかもよ」

「まさか。あなたはそういう酷いことはしないって、知ってるよ」

「信用されたもんだなー…嬉しいけどさ」



そもそも、本当にその気のある悪い人なら、もう少し早くに口説き始めているはずだ。

今更あなたが、私を取り戻そうなんて思わないでしょう。
その気持ちを込めて見返してみれば、そこにあった顔はとても穏やかに、慈しみ以外の感情が窺えない笑みを型どっていた。



「なまえちゃんがそうでも、彼氏くんは絶対にオレを信用しないよ」



不意に、カップの取手を弄んでいた指が持ち上がると、びしりと人差し指を向けられた。
それが僅かに私から逸れたところを指していると気付いた瞬間、もしくは一瞬早かったかもしれない。

聞き覚えがありすぎる、氷のように冷たく固い声が背後で響いた。



「なまえ」

「…え」



意図せずびくりと跳ねてしまった肩は、仕方ないものとして。
信じられない気持ちで、ぎちぎちと首を捻って振り向く。椅子のすぐ後ろに立って見下ろしてきていた人は、息を飲むような美貌を際立たせるように、全くの無表情だった。



「な…」



何で、ここに。
そう問い掛ける前に、答えは予想できなかった方向から飛び出す。



「あは、呼んじゃった」

「呼んっ…!?」



一体いつ連絡先を知ったのか。
ちゃはっ、とおどけてみせる男まで、信じられなくなる。

というか、私をじっと見下ろしている辰也くんの真顔が怖い。怒ってくれた方がマシなくらい、とにかく怖い。



「帰るよ」

「え、ちょっ…待って、私まだ話し途中、」

「話すことなんかないだろ」



掴んだ腕をぐいぐいと引かれれば、力で敵わない私は立ち上がるしかない。
荷物まで手に取られてしまって、話を聞いてくれる気がないことを悟った。

しかし、だ。一人呑気にコーヒーを傾けている彼は、私が呼び出したからここにいるわけで、放置して帰るなんてとてもできない。と、思うのだけれど。



「お前も…なまえを唆したりしたら、ただじゃおかない」

「…んじゃ、オレを呼び出したりしないように、ちゃんとその子のこと掴んどいてよ」



当の本人は気にする様子もなく、分かりやすく威嚇する辰也くんにも肩を竦めるだけだ。
問答無用で引き摺られる私にもひらひらと片手を振って、爽やかな笑顔で見送ってくれた。
あれは多分、ちょっとかなり楽しんでる時の顔だった。









「辰也くん」



骨まで潰されそう…と言えば大袈裟だけれど、掴まれた手首からギチギチと音が鳴りそうなくらい、痛い。
前を進む無言の背中からただならぬ威圧感を感じつつ、返事をしてくれない恋人に溜息を吐いた。



「いつあの人と連絡取り合ったの」

「そんなにあいつが気にかかるのか」

「はい?」



返事をしないかと思えば、返ってきたのがずれた答えだ。僅かに振り向いた顔には、見るものを凍らせてしまえそうな怒りが滲んでいた。
その雰囲気には若干怯えつつ、ふと、少し前に受けた言葉が耳の奥で響く。

彼氏くんは絶対にオレを信用しないよ、と。あの男は笑っていた。
辰也くんは、とても怒っている。怒ると分かっていて私も行動したわけだけれど、正直ここまでぎらついた目を向けられるとは思っていなかった。



「…私が浮気したと思ってる?」



想像以上に切羽詰まった様子に、つい頭に浮かぶままに訊ねていた。
その瞬間にぎくりと強張った肩を見てしまえば、答えを告げられたようなものだ。

嘘でしょ…と、つい呆れた顔をしてしまう私に気付いたらしい辰也くんは、ぐるりと向きを変えると真正面からその声を険しくさせる。



「だってなまえは!」



大きな反応を返さない私に、一度怯むように目を逸らして、それからまた傷付いていますと言いたげな瞳で見下ろしてくる。



「なまえはあの男に愛想尽かせたから別れたわけじゃない…!」

「…ええ?」

「オレが、別れさせたようなもので。いつまたオレよりあっちを取るか分からないだろ…」



何言ってんだこの人…と口に出さなかった私を褒めてほしい。
何もかも丸め込んで同棲までさせておいて、どうして今そんなに弱気になるのか、意味が解らない。



「そんなことは死んでもさせないけど。仲良くされて平気だとか、そんなのは絶対無理だ」

「……」

「アレックスとのことは、何回でも謝るし、今後もっと気を付けるから。だから、頼むからあいつにだけは会わないでくれよ」



こんなに自信がなさげな辰也くんを見るのは、稀だ。
私だってそれなりに傷付いたしモヤモヤしたんだけど…なんて、言えない空気だった。
顰められた表情から、絞り出される声から、恐怖を圧し殺して縋るような雰囲気を感じ取ってしまっては。今更手首を握る手からも力が抜けていくのを感じて、そっと息を吐き出すことしかできない。

ああもう、仕方ないなぁ、と。
そんなに私があの人に未練があるように、見えるのだろうか。
胸にぽっかり穴が開く、嫌になるほど傷付くことを、二度も繰り返すとでも思っているのか。



「……辰也くん」

「…なに?」

「私、別れてからはあの人とキスしてないよ。辰也くん以外とはしてない」

「…うん。分かってる。なまえが怒った気持ちもちゃんと解るし、それは本当に悪かったと…」

「あと」



言う気なんて、なかったのに。
こんなに情けない顔をされてしまったら、私はこの人にこそ、手を差し伸べずにはいられない。

どうしようもなく私だって骨抜きなのに、どうして解らないんだろう。



「…あの人は私の身体も、一度も見てないよ」



真っ直ぐに見返す気力までは残っていなくて、俯いた。



「え?」

「可哀想なくらい優しい人だから、会わないのは無理だけど」

「え、いやそれは困る…って、なまえ」

「はい」

「あいつには全部、触らせてないの?」

「ないよ」



こんなことで納得するかどうかは分からないけれど、少しは不安も拭えるだろう。
少なくとも、無駄な嫉妬を煽らずには済むはず。

力が弛められたことで抜き取れた手で、行き場をなくしたように宙をさ迷っていた一回り大きな手を握ってあげると、数秒前まで冷え切っていた瞳に熱が灯るのが窺える。
こんなに単純なくせにね。私のことだから冷静さを失ってしまうのだとしたら、それはそれで可愛く見えてしまうから困る。何度だって痛い目を見てきたのに、愛しさは増してしまうのだから、病的だ。



「だから友達みたいに会えるの。そういう関係があったら、さすがに私も今みたいに振る舞えない。それは辰也くんが一番よく知ってるでしょう?」



私、そんなに器用じゃないよ。こと、恋愛ごとに関しては。

こんな言葉一つでぱっと顔色を変えるのだから、この人も相当げんきんだ。
感極まったように抱き締めてこようとする腕を避けながら、家まで我慢しろとその胸を押し返して窘めた。






あなたに捧げるのはいつだって、不器用で歪な愛でした




(でもあいつに会うのはやめないんだな…)
(理性も強いしいい人だよ)
(……)
(辰也くんが捕まえててくれたら頻度は減るかも)
(でもやめないんだな)
(辰也くん、しつこい)
(これは仕方ないだろ…!)

2014氷室birthday
20141030. 

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