シリーズ | ナノ



「17歳?」

「うん」



本日も素晴らしく爽やかな笑顔を湛えながらの突然の誕生日報告に、睨んでいた文字の羅列から顔を上げる。
何故か昼休みを共に過ごしていた氷室くんを見上げると、彼はまた何が楽しいのか私を見つめながらにこにこと笑っていた。
ちなみに、氷室くんの座っている前の席は勿論、彼自身の席なんかではないのだけれど。

これは、相手をしてほしいのだろうか。
言葉でなく仕草や表情で要望を訴えてくる、このある種のごり押しにも少しだけ慣れてきた。
最初からそんなに不快感を感じたりはしていないから、慣れても慣れなくてもあまり状況は変わらないと言えば変わらないのだけれど。

それまで黙々と解いていたクロスワード本を閉じてシャープペンも机に置くと、彼の表情に柔らかさが増したような気がした。
その瞬間に、密かにこちらに注目していたクラスメイト女子達の黄色い声が上がったけれど…まぁ、気にしない。



「えっと、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「でも、今日言われてもプレゼント用意できないよね…」



とりあえず友人として祝わなければならないだろうと、祝福の言葉くらいは投げ掛けてみる。
こんな美人を世界に産みだしてくれた、彼のママさんは偉大だと考えながら。

でも、あげられるものがお菓子くらいしかないな…。
これしかなくてごめんね、と謝りながらチョコパイを差し出してみると、軽く瞠られた彼の目が一瞬、輝いた。



「みょうじさん」

「はい?」

「誕生日特権で先取りしてもいいかな」

「…うん?」

「Trick and Treat」



さすが発音が滑らかですね…じゃなくて。

危うく固まりかけた表情をなんとか笑顔でキープした私を褒めたい。
先取り、というのが何を指すのかは解ったけれど…接続詞が違うくないですか、氷室くん。

とりあえず、お菓子を取り出した所為で彼に妙な思い付きをさせてしまったことを悟り、私は内心やっちまった、と呟いた。
お菓子を貰ってイタズラもするぞ…ってことになっちゃうよね。それ。



「えー…うーん…どうしようか」



無理矢理に何かを仕掛けてくるようなタイプではないから、余計に考える。
というか、誕生日って外国では寧ろ周囲の人間に感謝を示す日じゃなかったか。アメリカじゃなかったっけ。違ったっけ。



(でもどっちにしろ、ここ日本だからなぁ…)



しかも氷室くんには、日頃からとてつもなくお世話に…主に頗る目を癒していただいているし。
イタズラと言ってもそう酷いことはされないだろうし。
何より、駄目かな…?、と眉を下げて首を傾げられてしまうと、逃げ場がないというか。

これで拒んだら、私が薄情な人間になる。
美は時に、何よりも強力な武器に成り得るのだ。



「…よし、解った。どんと来い氷室くん」



こうなったら自棄だ。
別にそこまで嫌なわけでもないけれど、気分的に。

何でも来い、と両手を広げてみると、普段から綺麗な顔がぱっと華やいだ。それはもう、後光が差すレベルで。
再び上がる悲鳴にはやっぱり気づかないふりをして、眼福だなぁ…と内心溜息を吐きつつ彼が何をするのかと頭を傾ける。
そんな私を気にもせず、それじゃあ、とどこかいそいそとした動作で彼が差し出してきたのは、カーディガンだった。



「着てみてほしいな」

「…うん?」



何故に。

確かに一瞬前まで彼が着ていたはずの濃紺のそれを、流されるままに受け取りながらも傾く首の角度が増す。
嫌なわけではないが、意味が解らなかった。氷室くんは一体何がしたいのか。
それでも期待を露に待機されると、理由を訊ねるのも野暮な気もして。



(まぁ、それでプレゼントになるなら別に構わないか…)



爽やかな微笑みに負けて、とりあえず言われた通りにブラウスの上から袖を通してボタンを留めてみる。
しかし手先を下げると辛うじて中指の第一関節が覗く程の袖の余りに、素直におお、と声をあげてしまった。

あまり気にしてはいなかったけれど、いざ比べてみると随分な体格差がある。
今更ながら、氷室くんも男なんだな…と再確認させられた。
いつも女顔負けの美人さんだから、忘れがちでいけない。



「…これが俗に言う萌え袖」



指先しか出ないとは。

氷室くん、細身なのに身長高いからなぁ。
意味もなく袖を振ってみたりしてその差を実感していると、ぱしゃり、という音が何故か耳に届く。

目線を上げれば携帯を片手に、もう片手で口元を覆っている仕掛人の姿があった。



「っ……cute…可愛い、すごく」

「…氷室くんの美的感覚は不備気味だね」



肖像権を丸々無視されているわけだが、ひどく嬉しそうに頬を染めている彼を責める気にもなれない。

まぁ、氷室くんが楽しいなら何よりですが。
年に一度の誕生日なのだし、これくらいで喜んでくれるならそれでいいかと、引き続き聞こえる撮影音は気にしないことにした。





Trick and Treat




(しかし、こんなサブカルチャー発生の趣向なんてよく知ってたね。氷室くん帰国子女なのに)
(うん? 部活の後輩が彼女にやってすごく楽しかったって言ってたから、気になってたんだ)
(へぇ…でもそれ彼女相手だから楽しいんだと思うな)
(そう? オレは充分楽しいよ?)
(そうですか…)
20121030. 

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