シリーズ | ナノ


例えば、たった一つの才能に恵まれない代わりに、満遍ない器用さを手に入れられるなら。
それならもういいや、と唯一を手放してしまえるのが私という人間だった。









(似合わない…なぁ)



わあわあと高まる喚声と、鋭く響いたブザービーター。それを遠くに聞きながら、私の視線は今し方試合を終えたコート内へと落ちる。
もう冬だというのに館内の熱気は凄まじく、その矛先に立つ彼らを眺めながらほんの少しだけ目蓋を伏せた。

陽泉高校バスケ部の冬は、終わった。
特に興味のなかったスポーツ観戦は、いざ観てみると心沸き立つものがあった。
親族に年末の挨拶をするついでに都心に留まるのは毎年恒例のことで、それならば今年は彼の為に出歩いてみようかと、気紛れを起こしてみた私の判断は間違いでもなかったのだろう。

特に勝ち負けに拘っていたわけではない。勿論、自分の通う高校を応援しないなんてこともないけれど。
でも、私にとって重要なのはたった一つの結果ではなくて。



「……やっぱり」



似合わないなぁと、改めて思う。
冬休みに入って、連絡を取り合うことも少なかった彼を久々に目にしたのが、遠い距離だったからか。
いつかに垣間見たその情熱を、はっきりと汲み取ってしまったからか。

ぐるぐると、言い様のない熱が胸の内側を掻き回す。
この場を離れようと立ち上がった瞬間、目眩を感じて頭を抱えた。

私は、臆病だ。






 *




日が暮れるのが早い冬空を見上げて、吐き出した息は当たり前に白い。特に館内とでは温度差も凄まじく、扉を潜り抜けた瞬間は覚悟をしていたとはいえぶるりと全身が震えた。
秋田よりはマシらしいけれど、寒いのは変わらない。近くにあった自販機で温かいミルクティーを買って、熱すぎる缶を若干冷ましながらさて、と考える。



(どうしようかなぁ)



これから、どこに行こう。

本来なら、目当ての試合は終わったのだから両親の待つホテルに引き返すべきなのだけれど。
折角試合を見たのだし、顔を見せに行くべきか。
でも、敗けたところを見られるというのは、どうなのか。彼の矜持を傷付けはしないかと、気にする時点で私は会いに行きたいのか。



(よく解んない…)



悩みすぎて、頭がくらくらする。
それもこれも氷室くんの所為だ、と半ば自棄になって缶を傾けたら、まだ熱すぎたようで舌を火傷した。

なんだかもう、調子が狂って仕方がない。
いっそ誰かに指定されるがままに行動してしまいたい…と思うけれど、そううまくは回らないのが人生というもので。結局選択するのは自分しかいなくて。

件の占い信者がここにいれば、人事を尽くせと叱られてしまいそうだ。
そう思うからには、やるべきことも本当は解っている。



(でもなぁ)



怖いよなぁ、なんて。
涌き出る気持ちの根本を理解しながら、嘆息する。

だから氷室くんは、凄い。
不安定なものを、欲しがれる強さを私は持っていない。

少しだけ冷めたミルクティーを飲み干して、缶を捨ててとりあえずもう少し頭を冷やそうと足を動かした。
試合も終わって会場から出ていく人間も多い。その波に逆らうように宛てもなくふらふらと足を運ぶ。
ただ静かな場所に、誰もいない場所に行こうと思った。東京には酔狂だったり害のある人間も多いから、私のような目立つところもない地味な女子高生でも警戒しておかなければならない。
そう思っての行動だったのだ、けれど。



「うぶっ」

「、すまな……なまえ…っ?」

「え…」



建物に沿って歩くまま、角を曲がろうとした瞬間に顔面から何かにぶつかって、軽くよろけたところに掛かった覚えのある声に顔を上げて絶句する。
運命は、本当に気紛れで意地が悪い。
転びそうになった私の腕を反射的に握ったらしい彼の姿を目にして、思いっきり足が凍り付いた。

まだ、館内にいるものだと思っていたのに。



「何でなまえが…」

「ひ、氷室くん…血、怪我してる」



本当にもう、どんな反応をすればいいのか。

まずは久しぶりだとか、此処にいる理由なんかを説明するのが普通だとは思う。けれど再会した彼は何故かその端整な顔に血を滴らせていて。
疑問と混乱で取り乱しそうになる私を見下ろし、此方も戸惑っている氷室くんの背後から明朗な女性の声が響くまで、二人して取るべき行動を見失っていた。



「タツヤ? 立ち止まって何してん…ん?」

「……金髪、美女」



ひょこ、と唐突に顔を出した異国の血の濃い美女に、つい後退りしそうになる。
それも掴まれたままの腕の所為で無理だったけれど、私の反応に何を思ったのか軽く氷室くんの肩が跳ねたように見えた。



「あ、えっと…彼女はオレのバスケの師匠で…」

「アレクサンドラ=ガルシアだ。で? 何だこの子は。タツヤの彼女か?」

「みょうじなまえです…えっと…」

「まだ違うけど、そうなりたい子かな」



何と答えるべきかと言い淀んだところに、空かさず口を挟んだ氷室くんはどうやら若干復活したようだ。
相変わらずの露骨な物言いに込み上げる羞恥心に耐えていると、アレックスと呼ばれたその女性は何故か楽しげににやりと笑った。



「タツヤがねぇ? 人間は育つもんだなー」

「アレックス、あまり妙なことは言わないでくれよ」

「妙なこと…」

「なまえも気にしなくていいから」



妙なこととは、何だろうか。
少しばかり興味をそそられたのに、氷室くん本人に切り捨てられてしまった。

それより、と再び私へと振り向いた彼の視線は、真っ直ぐ突き刺さってくる。



「どうして東京に…試合を観に?」

「ん…元々年末はこっちで過ごすから、折角だし観に来たというか…それで、氷室くんのその怪我は?」

「少し面倒事にあっただけだよ」



面倒事…喧嘩に巻き込まれた、とかだろうか。スポーツ選手が自分から不祥事を起こすわけがないし、何もないのに怪我を作るほど氷室くんは鈍くない。
大丈夫なのかと、つい心配が顔に出てしまったのだろう。私を見下ろす美貌が安心させるように弛んだ。



「後に響くようなことはないから、大丈夫」

「…手当ては? 帰ったらしてもらえる?」

「これくらいなら自分でも…」

「気になるならついて行きゃーいいんじゃないか?」



横合いからズバッと言い放たれた言葉に、固まったのは私だけではなかった。

心配なんだろ?、と腰に手を当てながら首を傾げる女性に、やっぱり私より先に元の冷静さを取り戻した氷室くんが嘆息する。



「アレックス、なまえは部員じゃないんだ…もう暗くなるのに付き合わせるわけにはいかないよ。それに怪我も大したことはないし」

「…えっと…多分、私は大丈夫だけど」

「…気持ちは嬉しいけど、付き合わせても送って行けるか微妙なところだから」

「うん、送らなくてもホテル一緒だった…気がする」

「……え?」

「ロビーに陽泉高校の文字も書かれた…立て札? あったから」



実は。ぱちりと瞬く彼の目を見上げて、軽く頷く。

何の偶然かはたまた運命の悪戯か、両親の予約していたホテルは陽泉高校バスケ部の宿泊場所と被っていた。
さすがに棟や階は違うだろうが、外に出る必要もなく帰りつける。会おうと思えば会えなくもないから、私も迷っていたわけで…。



(でももう、今更だし)



会ってしまったからには、ここでさよなら、というのも素っ気なさ過ぎる気がする。
これ以上、逃げてもいられないということだろうから。



「氷室くんが迷惑じゃなければ、少し…時間貰いたいかも」



駄目かな…?、と見つめ上げた先、ほんの僅か揺れた瞳が見えた。



「…なまえがそうしたいなら、オレは構わないよ」



少しだけ距離のある微笑に、胸の内側が疼く。
自分で塞いだ逃げ道。進む先はもう、一つしかなかった。







最後の一歩




求めるのは、怖いことだと思う。

手に入るかも分からない。それどころか、手に入ったとしてもそれで終わらない。
いつ裏切られるかも知れないものに手を伸ばす勇気があるというのは、凄いことだと思っていた。掌を裏返されても立ち上がれる、そんな自信は私にはなかったから。

でも、嗚呼、そうか。
この人は、それだけの執着心を抱ける人なのかと。
その瞳から消えない熱を確かめて、私の中まで焼き尽くされるような気がした。



(凄い、な)



もし“それ”が、真実一生手に入るなら。
私なら諦めてしまう“それ”を、この身に向け続けてくれるのなら。
そうだとしたら…私は、望まれたまま、手に入れられたいかもしれない、なんて。

それを、何と呼ぶべきかなんて。解らないはずがないのだ。

20130622. 

prev / next

[ back ]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -