シリーズ | ナノ


自分なりに善く善く考えて、とりあえず解ったことがあるとすれば、このままではいられないということだ。

氷室くんの明け透けな態度を食らいまくった数日で、私は悟った。
付き合う付き合わない以前に、このままでは私の心臓が持たない。
どっちにしろ彼の態度が変わる可能性はゼロに等しい。となると、もう取れる手段は一つしかない。



(慣れるしかない…)



そこはもう、腹を括って。
どれだけ無謀と感じても、この道しか残されていないのだから仕方がない。
彼の色気に慣れるまでどれだけかかるかも判らないけれど、そこも自分の頑張り次第ということで、一応はその辺りの対処は決まった。

残る問題は、一つ。

深く息を吐き出した私は、姿勢よくベッドに腰掛け携帯を開いた。
アドレス帳から番号を見つけ出し、通話ボタンを押して耳にあてる。数度の呼び出し音を聞いた後、久々に聞く低い声が耳に響いた。



『何か用か』

「あー真ちゃん久しぶ‥」



ぶつり。

ツーツーと虚しく響く通話終了を告げる音に、もう一つ溜息を吐き出す。
相変わらず冗談の通じない人間だなぁと思いつつリダイヤルすれば、今度は不機嫌極まりない声が出た。



『何なのだよ』

「久しぶりだったから和やかにいくつもりだった」

『……用件は』

「恋愛相談です」

『切る』

「待って。わりと本気で悩んでるから待って」



真太郎さまお願いします、と携帯に向かって頭を下げる。
だって本当に困っているのだ。

そんな私の切羽詰まった状況が伝わったのか、再び耳にあてた携帯からは深い溜息が返される。
これは真太郎からすると仕方ないから聞いてやる体勢の表れなので、私は一つ安心して早速用件に入ることにした。

真太郎も部活後で疲れているだろうし、あまり会話を長引かせたくはない。



「あのですね、私ってば恐らく今、一生分のモテ期を使い果たしてるんだと思うのですよ」



とりあえず率直に状況から語ろうかと、常々感じていたことを口に出してみれば、携帯の向こう側からは?、と間抜けな声が聞こえた。



『何の話だ…?』

「いやぁ、今私何の間違いか、学校で三本指には確実に入るイケメンに好かれてるみたいで」

『それは…からかわれているとかじゃないのか。お前はそういう扱いを受けることもあったと…』

「最初はそう思ったんだけどねー…最近はどう見ても本気っぽい…というか、あれで本気じゃなかったら怖いレベルというか…」

『どんな厄介な人間に好かれたのだよお前は…』



氷室辰也というお方です。
なんて言ったとしても通じるわけはないので、その名はぐっと飲み込んでおく。

うざったそうな真太郎の声に苦笑しか浮かばないが、今重要なのはそこではないのだ。



『で。何なのだよ、お前の悩みとやらは』

「…それなんだよねぇ」



迷惑そうな態度でありながらも何だかんだ付き合ってくれる同年代の親戚は、優しい。
ちょっとかなり変人で取っ付きにくいところはあるけれど、昔から何事にも真面目な子だから安心して関わることができた。



「単純に、だよ。男の目から見て、私ってどういう人間に見えるのかと思って」



閑散とした空間には、時計の秒針の音と私の立てる小さな物音しか響かない。

言葉を選ばない真太郎だからこそ、厳しくても正直な答えしか返っては来ないだろう。
その予測は正しく、問いかけに対する返事はいつも通り特に何かを気にした様子はなかった。



『移り気故に人事を尽くせない正直過ぎる変人…と言ったところじゃないのか』

「…ですよねー」

『何なのだよ。何か文句でもあるのか』

「いやぁ…大体そんな感じだと思ってたよ」



自分の性格も性質も、何となく把握はしているつもりだ。
移り気な変人。でも、そんな人間は何も私だけではないはずだ。つまらない、ちっぽけな存在だと思う。

だから、ずっと解らないでいる。



(どこがいいんだか…)



何が、氷室くんの琴線に触れたのか。
私が彼を好きになる要素なら、余りある程にあるだろう。けれど、逆が全く思い付かないから納得いかないのだ。



「理屈じゃないって言っても、気になるものは気になるよね…」

『待て。話が見えん』

「うーん…何で私なんだろうなぁって」



引く手は数多と思われるあの氷室くんだからこそ、解らない。
いくら考えても、行き着く疑問は消えてはくれなかった。



『…お前が答えに怯えているということは、何となく把握したのだよ。くだらない』

「あっはー…容赦ないね真太郎」

『解っていて掛けてきたんだろう』

「そうねー」



ほら、私も一応は女なので。
狡い考えを起こすことも、なきにしもあらずというやつなんだよ。

真太郎なら言葉を選ばない分、思い切り蹴飛ばしてくれると思っていた。なんて言ったら、この真面目過ぎる親戚は怒るだろうか。
怒るだろうな。でも、怒っても許してもくれるはず。



「そう。多分、怖い」



大きく倒した身体をベッドに埋めながら、目蓋を伏せる。
その裏に浮かぶのは、今通話している相手ではなく、甘ったるく私に近寄ってくる、彼の姿だ。



(判ってる)



好きになるのは、簡単だ。
彼の好意からくる気遣いも、手段を選ばない強引さにも、きっと悪い気はしていない。大切に扱われるのは素直に嬉しい。
そう判断する私の心が何処にあるのかも、解っていて。

だけれど、信じて委ねることは、中々に難しくて。

彼を信用できないというわけではない。短い期間でも充分把握できるくらいには、氷室くんの内面も見つめてきたつもりだ。
だからこれは、私の問題。あれだけの想いを向けられるだけの魅力が、私にあるなんて思えない。信じられない。それが、何よりの壁だった。

それを知る年下の親戚は、またも深い溜息をくれたが。



『お前は昔から臆病なのだよ』

「…うん」

『解っているだろう。そいつがどんな人間かはオレは知らん…が、お前を傷付ける物の一つかは、お前が一番分かるんじゃないのか』

「うん…解ってる」

『それでも無理ならオレじゃなくて本人に直接言え。正直面倒臭いのだよお前の相手は』



ふん、と鼻を鳴らす真太郎に対して、ざくざくと胸を抉られた私はと言えば枕に顔を押し付けて息を殺していた。

容赦ない。知ってた。知ってたけど本当に抉るよね真太郎は…。



「いや、うん。でも私が悪いもんね…。お時間割いてすみませんでした…身に染みる言葉をありがとう」

『貸し一なのだよ』

「君が恋愛に悩む時には手を貸すよ」

『いらん。他で返せ』

「またまたー強がっちゃって。真太郎も素直じゃないんだし、全然相手に伝わってな…あ、切れた」



ぶちり、と何かが途切れ、再び耳に届いた通話終了を告げる音に、今度は素直に私も携帯を閉じる。
そして寝転がったまま呼吸を深くして、ゆっくりと目蓋を上げた。



「本人に直接…ねー」



不用意な発言をすれば、丸め込まれる気しかしないのは気のせいだろうか。
でも、結局は訊ねずにはいられないことだとも思う。



(解ってる)



これだけ、悩んでいる。
病気でもないのに苦しくなる胸を押さえる。今は落ち着いた心音が、どんどん落ち着きをなくしていくことも、知っている。






七分の通話




私が、臆病な人間であることも。
そんなことはもう、解っているのだ。

20130426. 

prev / next

[ back ]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -