「かんっぺきね。我が作品ながら惚れ惚れするわ」
「ゆっちゃん楽しそうだねぇ」
「当然! これからが勝負なんだから!」
ぎらぎらと瞳を輝かせる友人の目には、何が映っているのやら。
黒のワンピースに重なる白いフリル付きのエプロンを見下ろしながら、そこまでノリにノれない私は座っていた椅子から腰を上げた。
身支度が終わったのなら、教室に戻って準備に取り掛からなければいけない。
年に一度の文化祭だ。張り切って取り掛かるに越したことはない。
「一日頑張ってよ、メイドさん?」
にんまりと笑う彼女の服装は私のものとは違い、少年らしい装いに白のうさ耳が付いている。更に、周囲の他の女子達も猫耳を付けていたりナース服を着ていたり、既にカオスな仕上がりだ。
(コスプレ喫茶って、本当にやるんだ…)
事前の準備には参加したし概要は理解していたけれど、改めて目の当たりにすると中々衝撃的である。
さすがに露出の極端に多い服装の人間はいないけれど、これに男子も加わるとなると更にすごいことになるだろう。想像しただけで濃い。
「よっし、着替えもメイクも済んだら教室戻るよー」
男子の方は女子ほど準備に滞らないだろうから、そろそろ戻っても平気なのだろう。
荷物保管用の教室にはしっかりと施錠をして、廊下を歩き始めた私の隣を陣取った友人はやっぱり、にまにまと満足そうに笑っていた。
時計ウサギよりチェシャ猫の方が似合いそうだよゆっちゃん。
「いーやー、氷室くんに恩売れるわコレ」
「…えー…私の格好の件で?」
「普段の五割増しは飾ったった! つっても睫毛はビューラーとマスカラだけで事足りたし、ナチュラルメイクで充分映えたけど」
「いや…それは盛りすぎじゃないかな」
確かに、睫毛やら唇やらやたらと弄られたし、視界に入る髪も毛先がふんわりと巻かれている。全て友人の手際だ。
仕上がった後に鏡で確認はさせてもらった。確かに一瞬、誰これ?、と思いはしたけれど、元の顔が変わるわけじゃない。
逆に、可愛いは作れるという言葉の真意にドン引きしそうになった。
不細工は隠せる。いや、別に自分を特別不細工だと思っているわけでもないけども。
(氷室くんか…)
果たして、私なんかが少し着飾っただけで喜ぶのだろうか。
彼の目は肥えていそうだし、あまりそんな気はしない。
「そういえば。氷室くんは何着るの?」
「は? 何あんた知らないの!?」
「うぉう…なんか、うん。無知でごめん」
「もっと気にしてあげなさいよ氷室くんを! 執事よ執事! ペア!!」
「へぇ、ペア」
なんかもう驚かなくなってきたなぁ…。
仕組まれることに慣れつつあるのもどうかとは思うけれど、ペアということはシフトは重なるのかもしれない。
そうなると客への対応は楽かもしれないな、なんて期待した気持ちは、女子の恨みを買うことに気付いて落ちた。
執事な氷室くんとか…破壊力満点過ぎるよ。もれなく嫉妬の倍率も跳ね上がる気しかしないよ。
無事に文化祭を終えられるだろうか…いや、最悪の場合そこから引き摺る可能性もある。
面倒事は勘弁したいなぁ…なんて顰めていた眉は、突如前方から響いた女子の悲鳴にすぐにほどかされた。
「な、なに?」
「イケメン見たんじゃない?」
「イケメンくらいで悲鳴…あ、上げるね、うん。あれは上げるね」
辿り着いた教室の入口付近、廊下にしゃがみこんで悶えだす女子と、扉の先で困惑している様子のその要因を見れば、納得せざるを得なかった。
黒の燕尾服に身を包んだ、氷室くんの姿を見れば。
「イケメンだ…」
いやはや、本当にイケメンだ。
ちょっと直視するのが申し訳ない気がするくらいの眼福っぷりだ。溢れる気品とだだ漏れの色気に女子のライフはもうゼロですね解ります。
その威力に近付く勇気を失って数メートルの距離で立ち止まってしまうと、タイミングを見計らったかのように視線を彷徨わせた彼と、ばっちり目が合った。
こ、これはキツい。足元からむずむずと這い上がる謎の羞恥心が背中を駆け上がって、無意識にスカートを握りしめる。
なんだか、すごく居たたまれない。
見るのも見られるのも恥ずかしい…。
隣に立っていたゆっちゃんに助けを求めようかとも思ったけれど、彼女も他の女子同様壁に手を付いてしゃがみこんでいた。
企んだ人間がそれってどうなの…と思うも、私のほうもそろそろ余裕はなくなってくる頃で。
だって、視線が突き刺さるのだ。
普段以上に魅力的な氷室くんに見入られて、逃げ出したくならないほどは私も豪胆じゃない。
「あ、あの…氷室くん、あんまり見られるの…恥ずかしい」
「…! あっ…ああ、そうだね。ごめん…見惚れちゃったみたいだ」
それを氷室くんが言いますか…!
確実にクラス一、下手したら校内一見惚れられる人間が、私なんかに口にする言葉じゃない。
そうは思うものの、彼の口振りは至って真剣だし、白い手袋に覆われた手が照れたようにその口許をなぞるものだから、どうしようもない。
そんなに美人さんなのにどうして、私に意識を絞っちゃうかなぁ。
教室から出て近付いてくる氷室くんの頬は赤いけれど、恐らく私ほどではない。
速度を増した鼓動をなんとか宥めようとするも、彼は無意識に容赦がなかった。
「でも…困るな」
「え?」
「みょうじさんに、こんなに可愛くなられると…困るよ。いつも以上に心配になる」
目の前まで来て、何を言い出すかと思えば。
いつの間に脱いだのか、手袋を外した右手がするりと、私の髪を梳いたまま一房拾い上げる。
それがまたどうにも様になっていて、しかも真実困っているような顔で見つめられるものだから、心臓が飛び出すかと思った。
あなたは私を殺す気ですか。
ちょっと本気で、胸が痛いんだけど…!
「いや…氷室くんより私とか…女子のが困るよ…」
どう考えても確実に。今も正に、復活しきれていない人が大半なわけだし。
凄まじすぎる威力にふらつきそうになりながらもそう返せば、私の言葉に軽く目を瞠った彼はそれをすぐに細めて、笑った。
「みょうじさんなら、困らせたいな」
「……っ」
なんてあざとさだ氷室辰也…もはや隠す気なんて全くなさそうだ…!
思わず両手で覆った顔を俯かせると、頭の上から微かに笑い声が落ちてくる。
狼狽える私とは逆に楽しげな空気を纏い始めた彼に、何かしらの仕返しをしてやりたくなった私のスカートのポケットの中、今日のラッキーアイテムが音を立てた気がした。
動揺は六分
(ちょっ、ちょちょちょい! なまえちゃん! 何あれ!?)
(モノクル)
(何で氷室くっ…やぁああ殺傷能力高過ぎるぅううっ!)
(ただでさえキラースマイルなのにみょうじちゃんてめぇこんちくしょうGJ!!)
(てゆーか、何で氷室くんの衣装も知らなかったくせにモノクルなんて都合のいいもん持ってんのよあんた!)
(空気を読むことに定評があるおは朝星占いの導きかな…)
(私明日から毎朝おは朝視るわ)
(私も)
(私も視る)
(目がマジだよみんな…)
20130308.
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