シリーズ | ナノ


たまに、自分のトロさやボケ加減に呆れることもある。
普段はあまり気にしているわけではないのだけれど、失敗した、と思うことは人間誰しもあるわけで。



「好きなの…」



タイミングに見放されたな、と、今現在思い知ってるなう。
冷たい壁にびたりと貼り付きながら、息を殺して内心呟いた。



(これなんてバッドタイミング…)



いや、本当に。

人気の少ない、階段の踊り場で行われる告白劇に、私は今得も言われぬ苦々しさを感じている。
例に倣い氷室くんへの連絡事項を押し付けられたから、彼を探していただけなのに。それがどうして彼が告白されている現場に辿り着かなくてはいけないのか。

私何か悪いことでもしたのかな…。
隠れてはいるものの、意図せず出来上がってしまった三角形に唸りを上げたくなる。
さすがに割って入ることは出来ないし、かといって物音を立てずに引き返すのも難しい。

踊り場より下った階段の境に背をつけて、息を殺すことしか私にはできそうになかった。
別に盗み聞きしたいわけじゃあないんだけどなぁ…。



「付き合ってる子とかいないんだよね。だったら私と、」

「ごめん。確かに、付き合ってる子はいないけど…無理だ」



男子は当たり前として、女子の声にも聞き覚えがあった。
確か、一年の頃にクラスで聞いていた声だ。あまり仲良くはなれなかったけれど、制服を着飾った美人だったと思う。

河原さん…だっけ。
自分を飾ることに関してはかなりの腕前の人だったと覚えている。確かに、彼女なら氷室くんと並んでもそこまで見劣りはしなそうだ。
逆に、そうでなければ告白なんてしないんだろうなぁと、ぼんやりと思った。
彼に釣り合う自信がなければ、若しくは本当に心から恋でもしていなければ、告白なんてできないだろう。

つまりは、河原さんには勇気が芽生えるだけは自信があったわけだ。
それにしては彼の返事は早かったけども。



(無理…か)



それは、どういう意味で無理なんだろうか。
あんな美人に言い寄られたのに、やけにあっさりした答えに感じる。

好みじゃなかった、とか?



(あ、でも好みとかないんだっけ…)



確か、彼はそう言った。
自惚れた考えからいけば、私に好意があるから、他からの告白は受けられない…と取れなくもないけれど。
……合ってるのかな。

思考に沈みかけていた時、片方の足音が近付いてくる。
ハッ、と気まずさを思い出して逃げの体勢に入ろうとすれば、あっ、という小さな叫びが響いた。



「ま、待って! 私、氷室くんなら、遊びでもいいから…」



そんな簡単に自分を捨てちゃうか…!

思わずツッコミかけて、両手で口を塞いで冷や汗をかく。
いや、いや確かに、確かに氷室くん相手なら遊ばれても役得感あるかもしれないとは私も考えたことあるけれど。
しかしそれを実際に持ち出す女子がいるなんて、思っていなかったというか。



(こ…怖い……)



そこまで言っちゃう女子の押しも、言わせちゃう氷室くんの魅力も。
さっきとは違う感覚で逃げたくなってきていたら、小さな溜息が耳に届いた。



「遊びで恋愛なんかしないよ。悪いけど…好きな人がいるから、他に興味がないんだ」

「っ…」

「ごめんね」



優しい声が、壁を作る。そうして近づけないよう、壁ごと押し返す。
そんなイメージが浮かぶくらい、その拒み方は上辺だけが優しかった。



(あ…)



何か、やっぱり全然違う。
私が知る彼の優しさは、分かりやすく私に限られたものだったのかもしれない。

だって、もっと柔らかくて温かかったし、声だって節々から好意が滲んでいた。
笑顔一つとっても、全く違う。私が向けられていたのはきっと、内に入れた人間にしか見られない特別なものだった。

特別なのだ。間違いなく。
私は、私の知らないところでも、特別大切にされている。

だけど、



(どうして…)



河原さんにしろ彼に好意を伝える他の誰かにしろ、私よりずっと魅力的な女子は山ほどいるはずだ。
なのにそれらを拒むほどの魅力が、私にあるとは到底…。

バタバタと近付いてくる足音から逃げることも忘れて固まっていると、真っ赤な顔に涙を湛えた女子が駆け降りてくる。
私を見つけてぎょっと瞠られた瞳はすぐにきついものになって、一瞬だけ睨まれたかと思うと彼女は走り去っていった。

その後ろ姿には、胸がずくりと疼いた気がした。
私が悪いわけじゃない。そう解ってはいるけれど…間接的に、フラれた原因は私で合っていたわけだし…。



「…あれ、みょうじさんっ?」

「!」



なんとも苦々しい気分で俯いていると、不意に声を掛けられて肩が跳ねる。見上げれば階段の一番上に、今正に階下へ降りようとしている彼がいた。
それはそうだ。女子が立ち去れば彼だってその場から動くわけで、教室に戻るなら階段は降りるしかない。

うっかり見つかる覚悟を忘れていた私が意味もなく上下に手をさ迷わせれば、瞠られていた彼の右目が軽く顰められた。



「…もしかして、聞かれちゃったかな」

「あの、氷室くんに伝言を頼まれて…探してたら、立ち去るタイミングを逃しまして…」

「ああ…そっか。……ごめんね。居づらかっただろう?」

「いや寧ろ盗み聞きみたいになっちゃって…私がごめんなさい」



本当に、今回ばかりはタイミングを呪っています。本気で。
やっぱりすぐにその場を離れるべきだったなぁ…と後悔しながら頭を下げると、話しながら降りてきた彼に撫でられた。

思えばこの感覚も慣れつつあったけれど、特別なんだよね。
氷室くんはわりとガードが堅いし、自分から女子に触れることも少ない。そのことに今更気付く自分にも呆れるが。

柔らかく髪を梳く指の動きは心地好く、つい目蓋を下ろして身を委ねたくなってしまう。
少しだけ苦しかった胸が、すうっと楽になった。



「いいよ。人通りが全くないわけでもないし、偶然居合わせたみょうじさんは悪くない。というか…良いも悪いもないな」

「……氷室くん」

「うん?」



でも、私が楽になれたとしても、彼はどうなのか。

先程の告白を思い出し、呼び掛けながら見上げた彼の表情は柔らかい。
柔らかい、けれど。それは誰にでも向ける、整いすぎた柔らかさだ。

気付いて、無意識に溜息が出た。
私に、何が言えるわけでもないんだけども。



「…お疲れさま」



本当は、笑っていないんじゃないのか、なんて。
痛いところを突きたいわけではないから、口には出さなかった。
その代わりに、彼がするように私もその艶やかな黒髪に手を伸ばせば、弛んでいた目元が再びはっきりと瞬く。

女が嫉妬するレベルでサラサラな髪を、私が気持ちいいと感じたように撫で返すと、驚きに染まっていた瞳がゆっくりと伏せられていく。
嫌がる様子はない。寧ろ、仄かに染まる頬が目に入った。
可愛い。というか、相変わらず色っぽい。



「えっと…みょうじさん、」

「お返しです」

「え…?」



お返し?、と首を傾ける彼に、何も知らないふりで笑い返す。
けど、氷室くんにはバレてしまうかもしれない。

それなら、それでもまぁ、いいけど。



「いつも慰められてるから」



私もたまにはね、と呟きながら、走り去っていった河原さんの顔を思い出す。いかにも傷付きました、と語っていた顔を。
でも、こんなことを外野にいる私が口出しするのは野暮だとは思うけれど。

傷付けも、したんじゃないのかな。



(遊びだなんて、言われて平気?)



そんな人間だと認識されて、好意を向けられるのは、苦しいことではないの?
勘違いされて好かれても、嬉しくないんじゃないの?
でも立場的に、そんな不満を抱いたとしても氷室くんは吐き出せないだろう。
多分、吐き出そうともしない。

だったら、わけが分からなくたって何だって、慰められる人間が慰めるしかない。
この場に私がいるのに、苦しんだままでいてほしくはなかった。







傷心は四分




避けられない外聞もあるだろうけど、できる限りは傷付いてほしくないと思うんだよ。

それくらいには、私も彼に好意を持っているのだから。



(さて…そろそろ帰ろうかな。連絡伝えたし、氷室くんも部活だよね)
(え? ああ…そう、だね)
(なんか歯切れ悪い?)
(はは、うん。ちょっと名残惜しくて。…でも、ありがとう。元気でたよ)
(…そう。なら、よかった)

20130301. 

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