シリーズ | ナノ


お届け物を頼まれたからには、届けに行くしかあるまい。
衝撃の事実を聞かされ意識を引き摺られながらも、ゆっちゃんの見送りを背にふらふらと体育館を目指した。

プリントがなくて困るのは氷室くんだし、私もいきなり態度を変えるつもりなんて更々なかった。
入口に近付くとボールが床を打つ音が聞こえてきて、自然と心が浮き足立つ。

そういえば、強豪ということは知りつつも実際のバスケ部を目にしたことはなかったなぁ…。
そんなことを考えながら入口に立ち、そっと中を窺えば、部員同士でミニゲーム中なのか素早く動き回る影の中に一際目立つ巨人を見つけた。



(あれ)



氷室くんによく絡んでる子だ。

確か一年生と聞いた気がするけれど、中学上がりであの体躯とは末恐ろしいとしか言い様がない。
やっぱりでかいなぁ、と思いつつも用があるのは巨人ではないので、すぐにまた視線を彷徨わせる。
そしてまた目についた影は今度こそ見慣れた彼のもので、一先ずはほっと息を吐いた。

練習中なら、休憩に入った時に呼び出してもらうなり、近くに来た時に呼び掛けるなりすればいい。
とりあえずは本人を探し出せたことに安心しながら、私はそのままゲームを見守ることにした。



(……すごい)



眺め始めて数分たった頃には、私はほう、と感嘆の溜息を吐いていた。

なんというか、人としての次元が違う。部員全体の動きのレベルの高さが、流石としか表現できない。
統制されたチームプレーは見ていてつい、引き込まれてしまうし。

それに何より、目を奪われるのは。



(凄い集中力)



どこまでも速く、正確な流れでボールを運ぶ彼の周りを取り囲む空気は、私が初めて目にしたものだった。
いつも彼が纏っている穏やかで人当たりのいい空気は一変して、鋭く、冷たい刃のような雰囲気を感じ取る。

綺麗だと、思う。素直に。
とても綺麗な、思わず感嘆の溜息を吐いてしまいそうなプレーを、していると思う。けれど、何かが違う。
見たことのなかった彼の一面を拒むような気持ちではなく、違和感が胸に引っ掛かった気がして。
そして彼の視線が度々追う、その先の人物に気付いた時、私はいつか見た彼の苦味を帯びた笑顔を思い出した。

ああ、あれは。



(嫉妬、なのかな)



もしかしたら。

事情も何も知るわけではないし、首を突っ込むつもりだってない。けれど。

あれが、彼の情熱なのか。

理解して、ぞくりと、身体の内部を駆け抜けた感覚に、私は自然ともう一つ溜息を落としていた。







三度の溜息




「なぁお前、何してんだ?」

「へ…?」



ぼうっと見入っている内に、ゲームは終わったらしい。

わりと視線の位置の近い、見覚えのある顔の部員に近寄られて話し掛けられて、あっ、と声を漏らしてしまった。
そうだ。届け物をしに来たんだった。
プレーに見惚れて本来の目的を忘れるなんて、私は本当にどうしようもない。

氷室くんと絡む部員の顔は、何となく覚えている。確かこの人は先輩だったはずだと、すぐに姿勢を正した。



「すみません、氷室くんに届け物をしに来たんで…」

「あれー、室ちんの好きな子だ」

「はっ?」

「何してんのー?」



先輩の背後から現れたかと思うととんでもない高さからぐいっ、と顔を突き出してきた後輩に、私の足は無意識に後退った。

でかい。迫力すごい。



「氷室くんに、届け物を…」



それでもまだ普通に会話が繋げられただけ、冷静だったと思う。

というか、今とんでもない台詞を吐き出されたような気がしたんですが…聞かなかったふりをした方がいいのか、これ。え、どうすればいいの。氷室くんに申し訳ないよ。私の所為じゃないけども。



「はっ? えっ? 氷室を、じゃなくて氷室が!?」

「室ちんすげーマジだよー。引くレベルだし」

「マジかよ!」



しかも先輩乗っかっちゃったよ…。



(引くレベルってどんな…いや、そういう話でもないか)



いや、これは結構まずいことだ。まず今私も居たたまれないけれど、氷室くんに聞かれたら更に居たたまれない。というか、どんな顔をすればいいのか判らない。
気持ちを知ったことを更に知られて、それなのに知らないふりができるほど私も図太くはない。ついでに、そんな駆け引きじみたことが自分に出来るとは到底思えなかった。

何とか口止めするしかない。それ以外を選べば私も彼も、困りきってしまうのは目に見えている。
ここはやはり、多少の嘘は方便ということで許してもらおう。
結論を着けて、私は胸を張った。



「あのそれ、私初耳なんですが」



瞬間、空気が凍ったことには、あえて気づかないふりをした。



「…えっ?」

「ま、マジ…?」



しまった、と分かりやすく顔に出す二人組に、できる限りの困り顔を作りながら頷いて返す。
すると二人の表情はどんどん気まずげなものになる。どうやら素直な人達のようだ。秋田は平和でいい土地である。



「あの…とりあえず私は、聞かなかったことにするので」

「お、おう…わりぃ」

「やべー…オレ室ちんにバレないようにしねーと…」



引き攣った笑みを浮かべる先輩と、真剣に悩み始める後輩。二人には悪いが、このことについては緘口していただこう。

とりあえず用があるので彼を呼んでくれるよう頼めば、すぐに彼らと入れ換わるように氷室くんはやって来た。



「みょうじさん! どうしたの、体育館まで来るなんて…」

「うん、氷室くんに届け物を頼まれて。委員のプリントだって」

「ああ…わざわざごめんね。みょうじさんだって暇じゃないのに」



多分、彼はクラスメイトの意図にも気付いていたのだろう。申し訳なさそうに眉を下げるその顔は、恐らく本物だ。

そんなのは別に、私は気にしてないんだけども。



「氷室くんの部活姿も拝めたし、気にしないで」



格好よかったよ、と素直に思ったことを口にすれば、一瞬彼の息が詰まったように見えた。
そして仄かに色付く頬と、困ったように綻ぶ表情。それらは確かに、他の人間に向けられているのを見たことはなかった。
そのことに、今更私は気付いたのだ。



「そういうことを言われると、男は調子に乗るよ」

「氷室くんでも?」

「オレだって男だからね」



困った風に、でも嬉しそうに微笑む彼は相変わらず美しい。
その手が伸ばされて、窘めるようにくしゃりと頭を撫でられても、その指があまりにも優しいから意味をなさなかった。



(ああ、本当だ)



好かれてるみたいだ。

柔らかく、髪を梳きながら降りていく指は心地いい。
身をもって、漸く思い知った事実に、少しだけ身体の奥が縮こまった気がした。



(それにしても、アツシ達の様子がぎこちなかったんだけど…何かあった?)
(何かって…何が?)
(判らないか。何だか必死に目を逸らされたんだけど)
(へぇ……)

20130211. 

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