シリーズ | ナノ


不快だとか、そういう気持ちがあるわけではない。
現状に不満があると言うよりはただ純粋に、疑問しか浮かばないという、それだけで。



「はいなまえ」

「? なに?」

「秋松から預かった。委員会のプリントなんだけど氷室くんに渡し忘れたんだって」

「はぁ…渡して来い、と」

「ご名答」



人手の少ない園芸部員であるゆっちゃんの活動を傍らで手伝い、そろそろ目処が付いたかという頃に手を洗ってきた彼女から差し出されたプリントに目を落とし、もう一つはあ、と意味のない呟きを漏らした。
やたらと続く氷室くん推し現象には慣れつつあるけれど、さすがに放課後までそれが続くと眉を顰めたくもなる。

氷室くん自体が嫌というわけではない。それは本音だし、頼まれ事も疎う理由はない。
けれど、何故そこまで推されるのかが甚だ疑問で仕方がないのだ。



「氷室くん、部活じゃないの?」

「体育館にいるでしょ」

「練習中じゃ…いや、渡すのはいいんだけど…ゆっちゃんまで、何か変」



彼に迷惑が掛からないなら構わないかと、一度は納得したことであっても違和感は拭えない。

氷室くんと私を引き合わせて、周囲に何のメリットがあるのか。
そこが気になって考えずにいられない私を、じとりと据わった目で見つめてきたゆっちゃんにプリントを胸に押しつけられた。やだ怖い。



「ほんっとに解んないの?」

「…さーせん」

「あーもー何でこんなのが…っ! まどろっこしいのは嫌いだからもう言っちゃうから! いい!?」

「えっ何で怒って‥」

「氷室くんが喜ぶからでしょう!!」

「………ほわっつ?」



ぐしゃり、と歪むプリントを気にしながら、吐き出された言葉の意味を捉え損ねて首を傾げる。
なにやら目の前の友人は憤っている様子で、氷室くんも何でこんなのが…と片手で頭を抱えていた。

なんだか苛立たせて悪いなぁと思いつつ、それでも湧き上がる疑問を放置はできないのが私の性というやつで。
そっと覗き込んだ顔の中、ぎらぎらと光る両目に軽く肩を竦めた。



「えーと…ゆっちゃん」

「なに。まだ解らないとか言ったらエルボーね」

「Oh、バイオレンス…じゃなくて。何かそれ、聞きようによっては氷室くんが私に気があるみたいな」

「聞きようも何もそれしかないっつっとんじゃボケ!!」

「…マスコット的な意味でか」

「残念。異性的な意味でよ!」



そんな馬鹿な。

思わず口から出そうになった一言を慌てて飲み込むも、目敏く気がついたゆっちゃんの目がこれ以上ないくらいに吊り上がる。
その表情から察するに、マジなようだ。



「えええ…」



嘘だぁ、と吐き出した瞬間に痛い目を見そうなのでそれだけは堪えるけれど、唸り声くらいは許してほしい。
だって、理解も納得もできるはずがないと思う。
かたや学年どころか学校中の視線を奪える程の美貌を誇る男子が、変人とやっかまれることも多い冴えない女子に恋愛的な好意を抱く、なんて。

どこの少女漫画ですかと、訊ねたくなる気持ちも解ってほしい。
そんな夢物語が現実にあったら苦労はしないと思う。



(だって、あの氷室くんだよ)



相手なんてそれこそ湧いて出てくる程いるはずなのに、何を血迷ったら私なんかに目を向けることになるのか。
そう思うから、浮かび上がる疑念を消しきれない。



「それ…氷室くんが言ったの?」

「言ったようなもんよ、あんなの…言っとくけどねぇ、アンタが知らないとこで思いっきり牽制してんだからね」

「…氷室くんが?」

「氷室くんが。だから敵に回しちゃいけないって、クラスの人間は理解して行動してんじゃないの」

「今聞いて一番気になったのは、氷室くんが何をしたらそんなに皆して怯えることになるのかなんだけど…」

「アンタが気にするのはそこじゃない!」



この阿呆、と頭を叩かれた。エルボーよりはマシだけれど、結構な勢いがあった。

しかし、どうにもやっぱり信じられない。じんじんと感覚の響く頭をさすりながら、ううむ、と唇を結ぶ。
これがせめて他の男子ならもう少しくらい素直に受け入れられたかもしれないが、相手はあの観賞用美男子だ。何がどうして私に向くのか、腑に落ちない。

何度も言うが、氷室くんなら一夜限りの相手でも何でも選び放題だと思うのだ。
いや、そんな刹那的な享楽に身を任せるような人でないことは既に知ってはいるけれど。それでも彼に焦がれる女子は少なくないわけで。

そんな中、そういう意味では彼に好意を向けていない私を、何故。
可愛く飾った女子のアピールもあるだろうに、可愛げのない変人である私に何故、そんな感情を向けてしまったのか。

正直言って、氷室くんの趣味が解らない。



「考えたって無駄よ。大体にして恋ってのは選ぶものじゃなく落ちるものなんだから」

「彼氏いない歴年齢のゆっちゃんに言われても…」

「あんたもでしょうが! ていうか、そうよ。知らないもんをあーだこーだ考えても意味ないのよ。氷室くんはなまえが好き。はいおしまい、プリントよろしく」

「この流れで? この流れで?」

「この流れでもどの流れでもアンタが行くこた決まってんの!」

「…腑に落ちぬよ、ゆっちゃん」

「落ちなくてもどうもしないでしょアンタは」



少しばかりシワのできてしまったプリントを折り畳み、ゆっちゃんの言葉を噛み砕く。
確かに、知り得ない感情をあれこれ思考したところでどうしようもない。自分の答えが自分の中にない以上は、時間の無駄だ。

そして、彼女の言った言葉は正しい。



「まぁ…どうしようもないよね」



人の感情も、自分の思考も。解けないことなんていくらでもある。
とりあえず現状把握できただけマシだろう。それでもきっと私は、考え込んでしまうのだろうけれど。

明確な形で彼から表されたわけでもない今は、私の答えは恐らく、必要ないのだ。






疑問は一つ




でも、やっぱり、気になってしまうよ。

20130201. 

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