「悪いんだけどさ、オレ用事あるから日直の代行は氷室に任せたから」
「あーっと! 人数余っちゃったわ。ごめんみょうじさん、男子とでもいい? あ、ほら氷室くんもあぶれてるし!」
「いやいや、そーゆー頼み事は氷室に回してくんね?…いや頼みますマジで。オレまだ死にたくないんだって!」
一体どういうことなの。
噛んでいた風船ガムをぱちり、と弾けさせながら、心の底から叫びたい。
いや、叫ぶほど辛いとか、そういうことではないのだけれど。
(あからさまにおかしい…)
口を開かせれば氷室くん氷室くん氷室くんのオンパレードとは…。
何らかの暗示でもかけられている気分だ。一体私のクラスメイト達はどうしてしまったというのだろうか。
何故か数日前からやたらと氷室くんを推してくるクラスの面々に、私は今日も疑問符を浮かべた。
一体彼らは何がしたいの。
確かに氷室くんは優しいし面倒見も良い方のようだけれど、いくら何でもこれでは私が頼りすぎている気がしてならないし。
自分の意思でない分、かなり不本意だ。
(私がハブられてるってわけでもないんだよな…)
私一人を害に思って避けられているという雰囲気ではない。というか寧ろ、積極的に彼と関わらせられている。
氷室くんに厄介事を押し付けるような真似は誰もしないだろうから、やっぱり私が気に入らないとかではないと、思うのだけれど。
しかし、そうなると現状の意味が解らない。
氷室くんの隣に私を置いたとして、誰の得になるのだか。
「んーむ…」
「考え事?」
「ふむっ!」
急に上から覗き込まれて、噛んでいたガムを飲み込んでしまいそうになる。
それを寸前で堪えながら振り向いた先には、馴染みきってしまっている彼の柔らかな笑顔が待っていた。
あおっても崩れぬ美貌とは…もう氷室くんは美の象徴と呼んでも支障がないのではないだろうか。
いつもながら超眼福ですありがとうございます、と内心頭を下げておく。
「びっくりした…」
「それはよかった」
「え、何もよくない気がするけど」
噛みかけのガムを舌の裏に押しやり、首を傾げた私にくすくすと、なんとも上品な笑い声が落ちてくる。
その笑顔も、彼がこのクラスに編入してきた頃には見られなかったものだと、最近は見分けられるようになってきた。
随分と、近付いたものだ。
「みょうじさんの驚く顔はあまり見れないから」
「そうかな?」
「うん。いつも結構冷静だからね」
「…私冷たそうに見える?」
「まさか。言い方が悪かったかな…冷たくなんてないし、普段も充分可愛いと思ってるよ」
「へ、え…」
可愛いって。可愛いって貴方みたいに綺麗な人にそんなさらっと言われたら流石の私も居心地が悪いのですが。
これだから帰国子女はけしからんよまったく、と舌ごとガムを噛みそうになって俯いた。
ちょっと…氷室くんの感性が本気で心配になってくる。そしてちょっと驚いて速まった心臓が憎い。
(でも楽しそうだしなぁ)
人の目に合わせて、期待に応えて笑顔を作っているより、素直な感情で笑っていた方が彼の魅力も引き立つというものだ。
なら別にいいのだろうかと、再び見上げた麗しい彼の瞳がどうかしたの?、と不思議そうに瞬いた。
でも、あざといのってどうなのかな。
いや、私には眼福なんだけども。
「みょうじさん?」
「…最近、なんだか氷室くんに頼りっぱなしだなぁって思って」
話を逸らすようだけれど、抱えていた疑問の一つを口に出せば、彼はああ、と教室内を見回した。
どうも、全く重ならない視線が不自然だ。何だかクラス全体が彼から逃げ隠れようとでもしているように、こそこそしているような。
そんな光景からまた私へと視線を戻した氷室くんは、にっこりと綺麗な笑顔を作ってみせた。
「いいんじゃないかな、何でも」
「はぁ…まぁ、氷室くんが迷惑じゃないなら私はいいんだけど」
「じゃあ問題ないな」
迷惑なんて有り得ないし。
何の理由があってそこまで言い切れるのか。
そのまま言い包めてしまうよう、よしよしと頭を撫でられるとなんとも言えない気分になった。
撫でられるのは中々気持ちがいいのだけれど、指先まで整った彼の手が私なんかを撫でていていいのだろうか、と。
(…………まぁいいか)
そろそろ周囲の目も麻痺してきた頃かもしれないし。
何よりあれだ。氷室くんの撫で方が妙に手慣れているというか、良い感じに眠気を誘う心地好さを持っていたので、とりあえずはそのまま身を委ねておこうかと結論を立てた。
嫌がられてないなら、まぁいいか。と。
二つの結論
(でも皆結局何がしたいのかなー…)
(何だろうね)
(…氷室くん、知ってそう)
(さぁ、どうかな)
20130121.
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