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それは、よくある日常風景。

特に意味や理由のない会話に耳を傾けながら相槌だけは打っている最中、ふと思い付いたようにそういえば、と顎に手を当てたクラスメイトがくるりと顔だけ振り向いた。
それが、好ましくない話題の始まりだった。



「氷室ってみょうじにマジなのか?」

「…え」



本当に唐突過ぎる問い掛けに一瞬返す言葉が思い付かず、口籠もる。
その所為で周囲にいた他の男子にまで話に乗っかる隙を与えてしまったのは、失敗だった。



「あ、それオレも気になってた」

「氷室があんなに女子に構いに行くことねーもんなぁ」

「引く手数多だからな」

「くそっ、これだからイケメンはヤなんだよ!」



そこまで興味を引く話題だったのか、比較的近くにいた人間がわらわらと集まってくる。
答えに窮している内に囲まれ、いよいよ逃げ場のなくなったオレは内心深く溜息を吐いた。

好意なんて、言い触らすようなものでもないだろうに。
大体彼女の耳に入ってしまったらどうしてくれるのかと、浮かんだ文句は胸の中に仕舞っておく。

昼休みの教室、ちらりと窺ったその席には、机に突っ伏して寝入っている女子の姿が見えた。



(これはこれで…)



本人に全く意識される切っ掛けがないというのも、問題はあるが。

他に教室に残っている女子の一部も、何故か静まり返って動きを止めている。
ここで肯定すれば少なくとも周囲の邪魔は入らないのだろうかと、若干邪な思いも芽生えた。
けれどそれを実行するより先に、集った男子の会話は進んでいく。



「でもさー、氷室がみょうじに惹かれる要素あるか?」

「つか、オレわりと苦手かも。なんかすげー気紛れっぽいし、何考えてんのか解んなくね? みょうじ」

「いっつも俯いてるしなー…」



惹かれるだけの魅力なら彼女はいくらでも持っているし、何を考えているのか解らないのは解ろうとしない側の事情だ。
確かに様々なものに意識を引きずられて過ごしている彼女だが、だからこそ色々なことに先立って気付くし、対処も速い。

それに、俯いているのはそれだけ集中して一つのことに取り組んでいるからで。
他の女子のように飾っていないから目立たないが、白い頬に影を落とす睫毛は長いし、伏せがちの目蓋は綺麗な二重だったりする。
興味対象にはくるりと丸くした瞳を輝かせて飛び付く、そのあどけなさだって充分過ぎるくらいには可愛い。

好き勝手を言って盛り上がる周囲に、わざわざ聞かせてやる必要はない。
けれど彼女を低く見られるのも正直に言えば面白くもなく、貼り付けた笑顔が歪みそうになった。



(知らないだけだ)



誰も知らないだけだ。彼女がどれだけ奇特な人か。
誰にも真似できないくらい、周囲をよく見て助けているか。

表向きの笑顔が崩れかけるのを感じながら、限界が訪れる前にどうにかこの場を離れる算段を立てようと思ったところ。
ちょうどその時、最初にこの話題を引っ張ってきたクラスメイトの視線が一瞬、席で寝入っている彼女に向けられて、そしてすぐにその唇がにやりと歪んだ。



「まぁでも身体はヤバいよな」



ああ、不味いな。

完璧に口角が落ちる。



「あー確かに、みょうじってかなりスタイルよさげだよなー」

「だよな、細過ぎず太り過ぎずって感じで」

「そーそー、制服の上からだとあんまよく判んねーけど胸とかかなり‥」



ガンッ、と。

その瞬間に響いた衝撃音に、傍にいた人間や聞き耳を立てていた人間以外も、肩を震わせて振り向く。
考えるより先に上がっていた足は切り出したクラスメイトの机を、蹴り倒すまではいかずとも大きくずらしていた。

でも、これは別に、失敗ではないだろう。



「好きでもないなら、見ないでくれるか」



本当に、好き勝手言っておきながら。
邪な目で、彼女を汚すな。

人当たりのいい皮を剥ぎ取って口にしたオレに、集まる視線は驚愕と畏怖に彩られていたけれど、構わない。
我慢できないものは、仕方ないだろう。

引き攣った表情を浮かべて固まる周囲に、それ以上掛ける言葉なんてものはない。
だから先程の騒音で目を覚まし、不思議そうに首を傾げて振り返った彼女にだけ、オレは微笑みかけながら足を踏み出した。






悪意を一蹴




「…氷室くん、何かしたの?」

「何かって、何が?」



寝惚けた瞳を瞬かせながら、ぎこちなく動き出した室内とにこりと笑うオレを交互に見つめて、問い掛けてきた彼女。
首を傾けて訊ね返せば、一瞬考えるように伏せられた目蓋がまたすぐに持ち上がった。



「まぁ、いっか」



なんか氷室くん、スッキリしてるみたいだし。

肩を竦めて笑い返す、彼女が今日も大らかだから。
本音を撒き散らしてしまうことも、悪くはないかと思えてくるんだ。



(おい…あれ、マジだぞ…)
(やべぇ…氷室こえぇ)
(もうオレみょうじのこと見ない…関わんない…)
(あんなキレ顔見せられたらな…オレも気ぃ付けるわ)

20130114. 

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