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「調子に乗るから悪いんだからねっ!」



自業自得よ、とだけ言い残して焦り顔で去っていった女子生徒は、まさかここまで派手に転がり落ちるとは思っていなかったのだろう。
昨夜見つけた芸術論についてぼうっと考え込んでいたのが悪かった。
彼女の文句を寝惚け半分理論半分で全く耳に入れておらず、見当違いな切り返しをしてしまったのだと思う。
見事に更なる怒りを買い、突き飛ばされて背後にあった土手に回転を繰り返しながら転がり落ちてしまった。



(目は覚めた…)



それにしても、嫌な覚め方だ。

確か先程の彼女は先日氷室くんに告白したと噂がある、隣のクラスの萩野さんだったか。
鑑賞対象としてではなく彼に恋をする女子がいないわけはないだろうとは思ってはいたが、中々どうしてアグレッシブな人だった。

見事に恨みを買ってしまったものだと嘆息しながら身を起こした瞬間、ズキリと痛んだ足首に思わず呻く。



「うぐっ!…あー…」



まずい。これはまずい。



「あ、るけない…」



一気にテンションが下がり、がくりと肩を落とす。
そう言えば今日は天秤座は最下位だから蛇の脱け殻を探せと、件のおは朝信者からメールが来ていた気がする。蛇の脱け殻って金運上げるアイテムじゃなかったっけ。



(いや、そんなことはどうでもよくて…)



問題は、ここからどうやって学校に行くかだ。
もしくは一度家に引き返すべきか。距離的には学校の方が近いのだけれど。

熱をもって痛む右足首に手を当てて、折れてはいないことを確認して、もう一度深く溜息を吐いた。
黙っていたって何も起こらないし、この場から動かないわけにもいかない。



(痛い…)



とりあえず、掴まるものもないのに立ち上がるのはかなり辛い。
土手は四つん這いで上がるしかないと考えて、成る丈振動がいかないように慎重に手と膝を進めてみる。
それでも完璧に衝撃を殺せるわけではなく、歯を食い縛りながら土手を登った。



「うー…ぐっ、痛い」



これはどちらの方向に進むにしろ地獄だ…。
まさかずっと四つん這いで歩むわけにはいかないし、しかし痛みを考えると立つのはかなり勇気がいる。

どうしよう。すごく立ちたくない。
痛い思いはできるだけしたくないし…。半泣きにはならずとも困りきって、土手を登りきった後も道の端でどうするか迷っていると、なんともまたタイミングよく聞き慣れた声に名前を呼ばれた。



「みょうじさん!? こんなところに座り込んで…何かあったの?」

「氷室くん…」



部活の走り込みだろうか。
駆け寄ってきた彼は高校名の入ったジャージを着ていて、少し開かれた首元にはお馴染みのリングが光っている。

一人でなくなって、手助けをしてくれそうな人の登場に小さくほっと息を吐いた。
そんな私の視線に合うように心配そうに蹲み込んできた彼に事情を説明するのは何だか面倒なことになりそうな気がしたので、突き飛ばされたことは省いて転んでしまって立てないと言うことを話すと、珍しく大きな声で叱られた。



「ぼうっとしてるなら壁よりを歩かないと駄目だろう! もっと大きな怪我をする可能性もあるんだよ?」

「…ご、ごめんなさい」

「いや…怒鳴ってごめん。でも、みょうじさんは危機感が薄いよ」



心配になる、と眉を寄せた彼には、やはり真実は伝えない方が良さそうだ。
氷室くんがフった女の子に突き飛ばされたから転んだんです、なんて言ったりしたら何一つ悪くない彼が罪悪感を感じてしまいかねない。

それは、やっぱり困る。
せっかく仲良くなれている人に、自分の意思でもないのに離れていかれたりするのはさすがの私も少し…かなり、寂しいものがあったりして。



「あの、氷室くん…ごめんね、ありがとう。それと、よければ肩とか貸していただけると嬉しいです…」



心から謝罪しながら、ちらりと窺い見て図々しいお願いまで申し出る。
ちょっとやっぱり一人で立てないんですすみません。

そう、私は頭を下げたのだけれど。
次の瞬間に何故か背中に腕を回され、ぐん、と重力のかかる位置が変わって目を回しそうになった。



「わうっ…っ!?」



急に視界が傾いて、太ももにも堅い腕の感触がある。
完璧に身体のどこも地につかないような体勢に持っていかれて、私は驚いて真上を見上げた。
冬に近づくどんよりとした雲に似合わず、今日も朝から麗しい氷室くんの顔がわりとすぐ近くにあって、勝手に肩が跳ねる。

姫抱きとは…氷室くん、凄いことやるな。
さらっと恥ずかしいことをやってのけられるのがアメリカンクオリティなのだろうか。



「あの、氷室くん、これは重いからいいよ」

「軽いよ。この方が痛くないだろう?」

「…まぁ」



力を加えなくていい分、確かに楽ではあるけれど。しかし居心地がよろしくない、というか…。
手の位置が太ももなのは、スカートだから配慮してくれたのだとは思うけれど…普通に恥ずかしい。
普段他人に触られる場所じゃないから、むずむずするというか。

それに私だって標準体型な女子なわけだから、決して軽いとは言い難い体重だと思うのだ。
鍛えていると言えど、全く重くなくないと言ったら嘘になるはずで。

しかし見上げてみた氷室くんに苦痛の表情は見当たらず、寧ろ先程怒られたのが嘘だったかのような笑顔で見下ろされて、どんな顔をすればいいのか判らなくなった。



「辛い時は素直に甘えた方が女の子は可愛いよ」



サラッとまた恥ずかしい台詞を言える氷室くんは流石である。

でもこれは、根本を語れば面倒見がいいということなんだよなぁ…と、考えたところで何となく、彼は甘やかす立場が似合う人なのだとも思った。

そして私は、甘え慣れている人間でもないのだけれど…。
ジャージや制服越しとはいえ男子と密着することなんて滅多にないので、緊張してしまう。
でもここで彼の申し出を蹴るほどの余裕がないのも事実なので、羞恥よりも安静を取ることにした。

痛いのよりは恥ずかしい方がマシだ。



「じゃあ、お願いします…」

「ああ、任せて」

「辰也お兄ちゃん」

「う…ごほっ! え? 何?」



お兄ちゃん、と私が言うにはしっくりこないけれど、下に兄弟がいそうな面倒見の良さだったので何となく呟いてみれば、頷きかけていた彼の顔が再び勢いよく私に向けられる。

僅かに頬が赤いのは、照れていたり?



「氷室くんって下に兄弟いそうだと思って」

「あ、ああ…何かと思った」

「私のような妹は困るだろうけどね」

「…うん。悪くないけど、それは複雑だな」



因みに兄弟はいないけど、弟分ならいるよ。

苦笑しながらもそう溢した彼の言葉も、どこか苦味を帯びているように聞こえた気がした。







連行十五分




(とりあえず、保健室まで運ぶよ)
(お手数お掛けします…)
(掛けられてないし、気にしなくていいって言ったよね。みょうじさんは寄りかかって楽にしてればいいんだよ)
(うん……そりゃ氷室くんモテるよね)
(え?)
20121208. 

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