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「みょうじさんのこと、知りたいな」



学年一の色男に接近されつつも、引く手数多の彼のことなのですぐに飽きてしまうだろうと楽観視していた私の予想は、見事に裏切られつつある今日この頃。

何を思ったかそんな台詞を艶やかな笑みと共に向けてきた氷室くんに、食べていた欠き餅をばりむしゃあ、と盛大に割ってしまった。

しまった。名菓のお欠きを一枚無駄にしてしまった。
最近無性に食べたくなって箱で取り寄せたお欠きを、ろくに味わわずに床に落としてしまったことに若干気を落としながら拾い上げ、その流れで彼を見上げれば一片の曇りもない晴れ晴れとした笑顔で見つめ返される。

なんだか今日の氷室くんはいつも以上に輝いていて眩しいですね。気分的に。



「駄目かな?」

「ええと…ああ、知りたいって話だっけ。ん? 何のために?」

「仲良くなりたい子のこと、知りたいと思ったらおかしいかな」

「はあ…おかしくはないけど…私?」

「うん、みょうじさん」



にっこり笑顔で首を傾げる美男子のあざとさよ…。
氷室辰也、恐ろしい男…なんて内心ふざけながら顔にはへらりとした笑みを貼り付けて、首を傾げ返した。

仲良くなりたいなんて、面と向かって言われたのは生まれて初めてのような気がする。
なんだかむず痒いけれど、欧米では感情表現や主張はストレートなのが主流ではあるし、彼にしてみればそこまでおかしいことでもないのかもしれない。



「ううん…まぁ、スリーサイズと体重以外ならいいかな」

「あはは、さすがにそこまでは訊かないよ」



別段聞かれて困ることもないし、仲良くなりたいと言われて嫌な気もしない。
一応の線引きはしながら返した言葉に当たり前のように笑って見せた彼に、さて何を訊かれるのだろうかと新しく取り出した欠き餅の袋を切りながら軽く思案する。

そしてその内容を気にするよりも先に、私は自己紹介やらの類いがひどく苦手であったことを思い出した。



「それじゃあ、まずは…好きな色は?」

「…今は、ワインカラーとか、紺?」

「好きな食べ物」

「ハマってるのはお欠きです。氷室くんも食べる?」

「ありがとう。じゃあ次…好きな動物」

「…今浮かぶのはチーター? だけど…氷室くん、つっこんでくれてもいいんだよ?」

「え?」



あまりにスルーされると逆に申し訳なくなる。
今は、今はと常にはならない答えしか述べられない自分に、苦いものを感じながらこちらからそっとつっこんでみると、きょとんと目を丸くした彼は何のことかと疑問符を浮かべる。

その反応に、噛み合わない何かを感じた。



「えっと…何かおかしかったかな?」

「……私の答えが現在形ばかりなこととか…」

「ああ、でも嘘じゃないだろう?」

「嘘ではないけど…おかしくないの?」



因みに私が差し出しておいて何だが、氷室くんに欠き餅はミスチョイスだった。
べりべりと開けられた袋から彼の口の中に放り込まれる欠き餅のシュールさと言ったらない。

どうも氷室くんは典型的に洋菓子が似合うタイプだ。
次何か差し入れる時はそっちにしようと密かに心に決めながら胸に浮かんだ疑問を口に出せば、彼は一度考えるように宙に視線を投げて、それからまたふわりと表情を綻ばせた。



「みょうじさんは、よく色んなことを考えているよね」

「…そう?」

「うん。だから興味対象が変わるのは解るし、その時々で本当に好きなものなんだから構わないんじゃないかな」

「……質問の答えにならないけど」

「だったらまた訊けばいい。何度でも」



オレは訊くよ、と微笑む彼に、初めて言われた言葉に、自然と首の角度が下がる。

少し、どころでなく嬉しく感じてしまうのは、どこかで気にしている自分がいたからなのか。
ああでも、と付け足された声に視線を上げると、微かに苦い笑みを浮かべた美丈夫が溢す。



「男の趣味はころころ変わらない方が嬉しい…かな」

「…ふぅん?」

「あとは…指のサイズはそうそう変わらないよね」

「うん?」



次のお欠きを口に運ぼうとしていたところ、彼の長い指で示された薬指に目を落として首を捻る。
まぁ確かに、女子の成長期は過ぎたし、体型が変わらない限りは指の太さも変わらないだろうとは思うけれど。



「…確か、8号? だったと思うけど…知っても仕方ないんじゃ…」



正直、知ってどうするんだというネタだと思う。
けれど何故か綺麗な笑顔を取り戻した彼の機嫌は、一気に上がったように見えた。








質問が四件




(氷室くんって解らないな)



ぼりぼりとお欠きを噛み砕きながらその笑顔をじぃっと見つめても、何も言わずにいてくれるのは、優しさだろうか。
私が優しいと感じるなら、優しさで間違いないのだけれど。

何を考えているのか解らない、と評されることが多い私なので、遠巻きにされることも少なくはない。
それを悩んだことはなきにしろ、彼のような言葉をかけてくれる人もいなかった。



「氷室くんは…」

「うん?」

「なんというか、抉るね。ピンポイントで」

「…もしかして、悪いことを言ったかな」

「ううん、さっきのは嬉しかったから。いい意味でってことだよ」



ありがとう、と笑う私以上に嬉しそうに相好を崩す彼は、やはり人目を引く美しさがあると思う。
そしてそんなやり取りにクラス中が注目していたことに後から気付くも、聞かれた会話を取り消すことは不可能なので私は早々に匙を投げたのだった。

20121203. 

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