シリーズ | ナノ



「はぁ…」


朝から数えて10回目。

端麗な唇から漏れる溜息に手元から顔を上げてみれば、今日もまた何故か私の前の席を陣取り、こちらを向いて頬杖をついた美丈夫の姿があった。
黙々と手を動かし続け糸の始末をしながら、私はううむ、と内心で唸り声を上げる。

どこか影のある表情も絶賛美しいな…とは思うものの、それが数日間続くとさすがに気になりもするもので。
ここ暫くの間笑顔にすら影を差している彼の様子に、私の意識まで引っ張られかけている。



(溜息多いなぁ…)



普段から他人の目を気にしがちなのか、負の感情を露にしない彼にしては珍しい。
寧ろ初めてじゃないのかと思うほど沈んだ様子に他のクラスメイト達も突っ込みにくいのか、ここ数日は若干遠巻きに彼を見守っていた。

何か、悩みでもあるのだろうか。
問い掛けてみたい気持ちがないでもない。けれど、たかが同じクラスに所属するだけのちょっとした友人レベルの人間が、込み入った事情があるのかもしれない彼の中に踏み込んでもよいものかと、悩んでしまうのも仕方のないことだと思う。

これは憶測だが、氷室くんは芯から信頼していない人間に頼ることができるほど、器用な中身をしてはいないような気がするのだ。



(あんまりいい気はしないかなー…)



でも、会話が盛り上がらないのにこの距離感を保たれているところを見ると、話を聞いてほしいのか…?、とも思えてきたり。

どうしようかなぁ、とぼんやり教室全体に視線をさ迷わせれば、物言いたげに見つめてくる友人達を見つけた。
何あの表情必死過ぎる。



(な、ん、と、か、し、ろ…)



それから大きく口パクされた言葉を読み取って、ううん、と再び唸る。勿論声には出さずに。

何とかしろと言われましても…平々凡々を地で行く私ごときに、何ができると言うのだか…。

つい顰めそうになる眉を気にしつつ、ふとあることを思い出して机にかけてある鞄に手を突っ込む。
目的のものを手繰り寄せて開いてみれば、新着メールを知らせる文字がディスプレイに出ていた。



(さすが几帳面)



仕事の早さに満足しながら、私は込み上げる期待のままに受信ボックスを開けた。



「おお…」

「…? メール?」

「うん。これはdestiny」

「?」



思わず頬を弛めた私を不思議に思ったのか、それまでぼんやりとしていた目が真っ直ぐにこちらに向けられる。
きょとりと丸くなるそこから微かに影が抜けるのを見てとって、少し安心しながら私は開いていた携帯を閉じ、腰を上げた。



「みょうじさ…ん…?」


今しがた編み終わった、ワインカラー寄りのミックスのマフラーをその首に巻いてみれば、更に彼の瞳が瞠られる。
何だかその様はいつもの色気からはかけ離れた可愛らしさがあって、美人はどんな様子も目の保養なんだなぁと改めて実感した。

本気で私と性別交換した方がいい気がするけど、それは今は置いておいて。



「今日の蠍座のラッキーパーソンは天秤座の人。ラッキーアイテムは毛糸の防寒具なのだよ」

「…え?」

「これで、今日の運気は完璧に補正されたのだよ、氷室くん」



もう一度椅子に座り直し、人差し指を自分に向けて天秤座、と示してみる。
効果抜群だね、とへらりと笑った私につられてくれたのか、彼も少し間を置いて軽く噴き出した。



「ふ、ふっ…何、その口調…」

「親戚の真似なのだよー」

「ははっ、面白い人だね」

「うん、すごく愉快な人間だよ」



因みに占い結果もその親戚に聞いたものである。
そういえば最近できた相棒は蠍座だとか言ってたなぁ、と思い出し、氷室くんと同じならと試しに前の休み時間にメールしておいたのだ。
返ってきたメールは素っ気なく端的ではあったけれど、いつものことなので特に気にしていない。

少しは元気が出たかな、と軽く俯き未だに笑っている氷室くんを覗き込めば、ぱちりと合った目は緩やかに細められた。



「これ、貰っていいの?」



確認しながらも、期待するような目で問われて嫌とは言えない。言うつもりもないけれど。
嬉しそうに長い指を這わせる仕草、その艶やかさに溜息が出そうになるのをどうにか堪えて、どうぞどうぞと掌を向けた。

元々手慰みに作っていたものだし、太糸で編んだワインカラーのマフラーは大人っぽい氷室くんにはよく映える。



「きっと氷室くんにあげる運命だったのだよ、ということで」



これから寒くなるし、よければ使ってくれればいい。別に、今日限りのアイテムでも構いはしないし。

けれど、仄かに頬を染めて嬉しそうにお礼を言ってくれた彼を見ると、無下には扱われないだろうことは予想がついて。
ゆっくりと花が開くような笑顔に、こちらまでほこほこと心が暖まった。








補正は九秒




(……狡いなぁ、本当)
(ん? 何か言った?)
(ううん。嬉しいな、って)
(それはよかった。氷室くんが元気ないと皆心配するからね)
(みょうじさんも気にしてくれる?)
(うん。当然気にするよね)
(っ、そうか…それは‥嬉しいな…)
(ふぅん…?)
20121110. 

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