シリーズ | ナノ


驕りがあったのかもしれない。
着々と距離は詰められて、懐に潜り込んでいけていると思っていた。
彼女は特に男子と接しないわりに、いつも人好きのする笑みで応えてくれていたから。
脈があるものだと思い込んでしまったのも、ある意味仕方のないことだったように思う。

それが勘違いだったのだと、気付いたのは偶然だった。



「もう本当、何でなまえは氷室くんに構われてんの?」



昼休み、部活の集まりから帰ってくると教室から聞こえてきた声に、オレは扉の手前で足を止めた。
聞き覚えのあるその声は彼女がよく一緒にいる友人のもので、その会話に自分の名前が出てきたことで教室に入りづらくなった。

それに、彼女がどう返すのかも気になってしまって。
あまり趣味が良いとは言えないが、気づけば無意識に耳を済ませて、音を殺して佇んでいた。



「何でだろうねぇ」



問い掛けに返す声は、何も考えていないような緩やかなもので。
どうしてだろうか。身体の芯を解される。

彼女の思考は読みやすいようで読み難くて、だからこそ接すれば接するほど気になってしまうのだ。
今日もまたあのぼんやりとした目の奥で何事かを考えているのだと思うと、自然と頬が弛んだ。



「いや、こっちが聞いてるんだけど…てか、なまえ的にはどうなのよ、氷室くん」

「うん? 美人さんだと思うけど」

「そうじゃなくて。恋愛対象としてさー」



一人で和んでいたところに飛び出した疑問に、つい息を止めてしまった。

確かに、彼女に対してそれなりにアピールはしているつもりだった。
初めて接触した日から気になって、話し掛けるようになってからは本気で惹かれるようになった自分には気づいている。
気づいていれば行動に移すことは当たり前で…彼女もそれを、嫌がる様子はなかった。
だから油断していた。というよりも、頭になかった。
彼女の思考と自分の思考の作りは、全く別物であるということが。

ううん?、と唸るような、疑問に溢れた声が聴こえてきて、どんな答えが返ってくるのだろうかと期待してしまった自分を、後から後悔することも知らずに彼女の声に集中してしまった。



「私、女慣れしてそうな人は…好きにはならないと思うよ?」

「へ?」



その瞬間がつんと、背後から頭を殴られたような気がした。
拍子抜けしたような彼女の友人の声に被せて、つい自分まで声を漏らしそうになって口を押さえる。

ちょっと、待ってくれ。
正直、その答えは想定外だ。



(女慣れ…してると思われ……いや、お世辞にもしてないとは言えない…けれど…)



つまり、どういうことだ。
嫌な感覚が押し寄せる心臓に、無意識に奥歯を噛み締める。

彼女にとって、オレは対象外だということだろうか。
浮かんだ疑問に、それ以外に何があるんだ、と冷静な部分が返事をする。



(そんな馬鹿な)



それなりに、時間をかけた。距離を縮めるために、多少強引な手も使ったけれど、本気で向き合っていたつもりだった。
なのに、彼女には欠片も通じていない。好意くらいは伝わっていると思いたいが、どう聞いても彼女がオレを意識しているということはなさそうで。
もしかしたら、今までの接触はすべて気紛れか遊びかに取られていたのだろうか。だとしたら、最悪にも程がある。

悪夢だ…と頭を抱えそうになった時、更なる打撃を受けることになる。



「それに氷室くん、首にリング下げてるし。多分ペアなんじゃないかなぁ…彼女とお揃いとか」



違う。

思わず首に下げたチェーンを引き千切りそうになった。
確かに、確かに大切なものでありはしても、そこに込められた思い出は決して色恋に結び付くようなものではなく。
まさかタイガとの兄弟の証がそんな勘違いを引き起こしているなんて、考えも及ばなかったオレは込み上げる衝撃に天井を仰いだ。

色々と、予想外過ぎる。
彼女が、意外と多くのことを見て考えて生活していることは、納得していたことではあっても。



「…Jesus」



これは、あんまりだ。

ぐらぐらと揺れる頭を抱えて、打つ手も浮かばず呟いた。






誤解が三つ




(アツシ…ちょっと、訊きたいことがある…)
(は? って、室ちん顔ヤバい。なに、具合でも悪いわけ?)
(女慣れしてる男って、そんなに駄目なのかな…)
(はぁ?)
(というか、どうしたら意識されるんだ…? 誤解も解きたいし…どうすれば対象内に…)
(…室ちん大丈夫? なんかキモいけど)
(すまない…でも今は、正直何も考えられない…)
(…マジで、何があったの室ちん)
20121105. 

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