シリーズ | ナノ


なんだかおかしなことになったなぁ、と。
期間限定のポッキーを食べながら、視界に入るふんわりと毛先の巻かれた髪と、緩く引かれる頭皮の感覚に内心軽く唸った。

どうしてこうなったんだろう。



「みょうじさんの髪って柔らかいね」

「氷室くんのが綺麗だけどね」

「まさか。オレはこっちの方が好きだな。指に馴染む」



コテを片手に楽しげに私の髪を弄っているのは、そう。クラスで一番、否、学年で一番と言っても差し支えはない例の色男である。

朝のホームルーム前、比較的早い時間ではあれど、人気はそれなりにある教室内。
室内にいる人間の視線を思いっきり集めまくっていることは、どうやら彼には気にならないらしかった。
斯く言う私もあまり気にしない質ではあるが、これは要らない噂を生むのでは…と若干気にならないでもない。
まぁ、そこまで切迫した危機感は感じないけれど。



(髪弄るの好きなのかねー…)



たとえば、彼女さんの髪を弄ってあげたりしたりとか…?
成る程氷室くんは尽くす男なのか…なんて、わりとどうでもいいことを考えるのは、別に現実逃避をしているわけではない。
なんだか最近やたらと絡みの増えた氷室くんを、どうせなら今のうちに観察しておこうという試みだ。



(何が目的かは知らないけど、その内飽きるだろうし)



せっかくだから私も何かしら楽しんでしまった方がお得かな、なんて思ったりして。

ちなみにコテは私の持参品である。
普段低血圧気味な私は、朝から学校に来る準備をするのがとにかく苦手で…仕方がないので、遅刻しないよう早めに登校して、目が覚めてきてから細かい身だしなみを整えるのが日課なのだ。
どうしても眠い時は友達が世話を焼いてくれるし、どれだけ朝が苦手でも遅刻にはならないからこれが中々効率的だったりする。

そして今日、部活の朝練が無かったという氷室くんにそんな現場をばっちり見つかってしまい、興味を持たれてしまったのだった。

微かに輝く瞳を隠しもせずに、オレにやらせてくれない?、なんて首を傾げられて、逆らえる女はいないのではないだろうか。
学年一の色男に髪の毛を整えてもらうなんて、今を逃したら恐らくもう二度と味わえない。
そんな考えを一瞬で浮かべた私に、申し出を断るという選択肢はなかった。

人間素直が一番です。
体験できることならした方がお得だと思った私はそれでも多分、ちょっとは寝惚けていたのだと思う。
徐々に目も覚めて正気に戻ってくれば、あーやっちまったなぁ、というような気持ちも少しばかりは込み上げて…くるような、こないような。やっぱりそこまで気にもしていないんだけども。



「うん、可愛い」

「氷室くんには負けますが」

「オレは男だから。女の子の可愛さには敵わないよ」



どうやら巻き終わったらしい。
電源を切ったコテを机に置いて熱を冷ましながら、最後の仕上げに正面に回った彼の両手で形を整えられて、にっこり綺麗な笑顔に見下ろされる。

女神レベルの微笑を浮かべる氷室くんに冗談でも可愛いなんて言われてしまうと、すみませんと謝りたくなるのだけれど…本人は気づかないんだろうなぁ、これ。
この無意識の対応に一体何人の女が自己を見つめなおして自信をなくしてきたのか…と、軽く遠くを見つめながら、からからに乾きそうになる笑みをなんとか保った。



「氷室くんって謎だよね」

「え? そう?」

「うん」



満足に出来上がったらしく離れていく指に、先日貼った絆創膏はもうない。
あれだけ料理に関しては不器用だったのに、軽く触って確かめてみた毛先は綺麗に均等に巻かれていて、ちょっとした感動を覚えた。



「おお…くるくるっ」

「気に入った?」

「うん…いつも整えるだけだから、ちょっと嬉しい」



やっぱり私も女子だから、着飾ることは嫌いじゃないのだ。
中々目が覚めないし時間もそんなにあるわけではないから、いつもは簡単に寝癖を直すだけになってしまうけど…ふわふわと螺旋を描く髪が視界に入ると、なんだか今日が特別な日のような気がして自然と頬が弛んだ。

ありがとう、とお礼に開けてないポッキーの袋を差し出せば、いいの?、と確認してくる彼に頷き返す。
寧ろ氷室くんを働かせたのにポッキー一袋分でごめんなさい、という感じだ。



「ありがとう」

「いやいや、こっちがね。朝からお手を煩わせて」



ついつい、巻かれたばかりの髪を指に巻き付けてみたり。
分かりやすくテンションの上がった私を見下ろす氷室くんは、何故かこちらも普段の倍くらい嬉しげな笑顔を浮かべていた。

美人が際立っていますね氷室くん。眼福です。



「よかったら、またやらせてほしいな」

「…ん? え? 髪?」

「うん」



てっきり一回きりの興味だと思っていたのだけれど、思いの外気に入られてしまったのだろうか。
ダメかな?、と少し眉を下げながら傾げられる顔を見れば、拒む気力も湧かない。



「まぁ…氷室くんが楽しいのなら、どうぞ」

「ありがとう」

「こちらこそ」



大輪の花でも周囲に咲きそうな笑顔を向けられて、とりあえずは釣られるようにへらりと笑い返しておいた。
さすがに一回きりじゃないとなると噂が広がりそうな気がしなくもないけれど…。



(…ま、いいか)



広がったとしても75日経てば消えるだろう。
彼だって、いつまでも私に構うわけではないだろうし。

くるくると毛先を指に巻き付けて遊びながら、私は楽観的にもそんなことを考えていた。






髪に十二分




(なまえ…アンタ何で氷室くんに髪…何でっ!?)
(何でだろうねー。成り行き?)
(ずるい! なまえちゃんずるいぃ!)
(ね。贅沢だよね)
(全くよ!!)
(本当だよ!!)
(…なんかごめん)
20121027. 

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