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何故、どうして。
そんな気持ちを飲み込みながら、私はやはり当たり障りのない笑みを、強張りそうになった顔に貼り付ける。



「よろしく、みょうじさん」

「こちらこそ」



小首を傾げる仕種に甘い笑顔のおまけ付き。
さすが帰国子女。サービスがいいなぁ…とどこか現実から目を逸らす自分を引き留めながら、思う。

それで、どうして君はここにいるの、と。



「ええと…鈴木くんと交代したのかな」



今現在、絶賛家庭科の授業中。年に二度ほど行われる調理実習の内、今日はその一度目に当たる。

家庭、技術等の教科は普段は教室での講義が主なのだが、実習の授業になると調理台も兼ねた大机に班を作って集まるのが常で。
大体は教室での席順で班は決定しているはずなのだけれど…何故か、いつの間にか私の隣に座っていたはずだった鈴木くんが、氷室くんに変わっていた。

ちょっとぼーっとしていて、振り返ったら隣にあったはずの顔が別人に変わっていた時の衝撃、理解できるだろうか。
平静を装って笑い返したはいいが、ぶっちゃけ何でいるの状態である。わりと本気で心臓が跳ねた。

しかしそのまま疑問をぶつけるのは余りに不躾かと幾分かニュアンスを緩めて訊ねてみれば、氷室くんは特に気にしていない様子で頷き返してくれた。
ちなみに理由は語られなかった。どうやら私は聞き方を間違ったらしい。



「みょうじさんは料理とかする方?」

「んー…人並みかな」



分かりやすく話題を逸らされたことには気づきつつ、話したくないならまぁ別にいいかと、そのまま流されてみる。
違和感は感じても、不快感を感じるわけではないし。
というか寧ろ、目の保養になるくらいだ。
彼の行動には疑問を感じているところがあるけれど、顔面的には密かにほくほくしていたりする。
ミーハー根性のない私でも、美人は嫌いじゃない。

そんなこんなで内心一人ではしゃいでいる私のことなど露も知らない彼は、またもや女子は勿論男ですらうっかり惚れ惚れしてしまうような微笑を、惜しげもなく晒してくれる。



「偉いね。オレはあんまりだな」

「いや、普通だからね。出来るとまでは言えないと…あ、準備始まったみたい」



周囲の机の人間がざわめきながら席を立ち始める。

あれ…私話を聞いてなかった上に氷室くん以外と喋ってないんだけど。
しまった困った、何すればいいんだろう、と一応は立ち上がりつつ周囲を見回せば、同じ班で纏め役を務める友人の呆れたような視線と目が合った。

あ、これはバレたわ。



「なまえはそっちで包丁やって。あ、氷室くんもお願い」

「おお…指示ありがとゆっちゃん」

「ちゃんと話聞きなさいバカ」

「ごめんよー」



てへ、と首を傾げてみたけれど、氷室くんほどのスペックのない私では冷めた視線しか返されなかった。
まぁね、そりゃそうですよね。



「私と氷室くん下準備係りだって」

「じゃあ材料取りに行こうか」



スマートな笑みを浮かべて直ぐ様行動し始める背中に、おお、とついつい感嘆する。
男子と言えば大概が適当に参加して美味しいとこどりというのが基本だと思っていたので、ちょっと感動してしまう。

さすが帰国子女は違いますな…なんて頷きながら私の方も調理器具を集め始めた。
ところまでは、よかった。

そう、そこまでは特にこれといった問題はなかったのだけれど。



「っ…わ、あれ? えっと、」

「……」



数分後の騒然とした家庭科室の片隅で、包丁を片手に首を傾げまくっている美男子の姿に、私は衝撃のままに暫く固まってしまった。
今更ながら包丁というものは立派な凶器だったのだと、改めて思い知らされる。



(これは恐ろしい)



確かに、確かに彼はあんまり、と口にしたが…この現状は最早、あんまりという領域を越えていた。

ジャガイモを渡せばまな板に包丁を叩き付け。
何故か玉葱の皮まで包丁で剥こうとしては指を切り。
人参の皮と一緒に指の皮まで剥こうとしている彼を見て漸く、その寸前で腕を掴んで止めた。



「氷室くんちょっと手、洗おうか」

「え?」

「水洗い。ハイ」



食材はまだ皮つきだからセーフだろう。
とりあえず戸惑う彼の手を引いて水道水で洗い流し、一旦持っていたハンカチで拭わせる。
それから生徒手帳に入れておいた絆創膏を取り出し、きょとんとした顔つきで立ち竦む彼の傷だらけになった指に貼り付けた。



(折角の綺麗な指がなんて痛わしい…)



できないのなら最初から私一人でやってしまえばよかった、と後悔する。
しかしまさか、氷室くんがここまで不器用だとは知らなかったのだから、仕方のないことなのだけれど。

というか、氷室くんといえば何でも器用に熟しそうなのに、料理に関してはその才能は発揮されないのか。
意外な事実を手にいれてしまった。



「あ…ありがとう」



軽く固まっていた氷室くんが、はっと目が覚めたように肩を揺らす。
それから、少しだけはにかみながらお礼を言われて、ついうっかり見惚れてしまいそうになった。

いかん。美人がそんな可愛い仕種したらいかんよ、氷室くん。



「いえいえ。残りは私がやっちゃうから」

「え? いや、それは悪いよ」

「氷室くんはよく見てお勉強してください。それ以上綺麗な指を傷つけられたら私が罪悪感に押し潰されるわ」



頼むから今日のところは諦めて、と視線で訴えてみると、少しだけ眉を下げた彼は申し訳なさそうに苦笑する。



「仕方ない、か。それじゃあみょうじさんの観察に努めるよ」

「?…うん、そうして」



正しくは私の包丁の扱いの観察、なのだが。

何だかニュアンスが気になりつつも、まぁ私を観察してれば必然的に手先まで見えるか、と納得する。



(ちょっとタイムロスかなー)



他の班の動きをチラリと確認しつつ、包丁と食材を握り直した私は軽く息を吐き出しながら刃先を埋めた。

これはちょっと、頑張らなければいけないようだ。







治療に五枚




結果的に、材料の準備は問題なく終わらせた私だったが、小麦粉をうまく溶かしきれなかった他三名の尻拭いとして結局殆どの調理をする羽目に陥ったというのは、余談である。



(ごめんなまえ、パス!)
(ゆっちゃん…何でこんな粉っぽく…)
(いやー、測り間違えてたっぽいわ! 悪い!)
(な、なんとかならないかななまえちゃん!)
(うん、作り直すしかなさそう。まずバターからか…)
(…みょうじさんって器用なんだね)
(ううん、普通。そこ、小麦粉一気に入れようとしなーい)
(うわっ、わり!)
(普通以下でごめんねなまえちゃん!)
(え? 授業内に間に合うから大丈夫だよ。次はー、牛乳準備ね)
(so cool…)
(はい?)
20121019. 

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