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何がどうしてこうなった。

表面上はわりと普段通り振る舞いつつも、内心の動揺を隠しながら私は笑みを保っていた。
蜜を孕んだ花のように艶やかに微笑む、クラスメイトに向かって。



「ありがとう、みょうじさんが古典得意で助かったよ」



どうも日本の言い回しや古語は解りにくくて、と眉を下げながら呟く彼の帰国子女に、まぁ確かに日本語は回りくどいよなぁそこが魅力でもあるんだけど…と思いつつも、それでも問いたい。

何故、私に聞きに来たんだ、氷室くんよ。



(国語が得意な人間なんて他にもいるでしょうに…)



最近…というか、頭痛を隠していた彼に錠剤を差し入れた日から、目が合うことが増えたことには気づいていたが…直接の接触は、あの一件を合わせて未だ二度目だ。
周囲の女子から観賞用、と定められているだけのことはあり、近くで見ると余計に見せつけられる美貌に若干引き気味になるのは、美術品を下手に扱って傷つけてはいけない、と思うような感覚に酷似している。

苦笑まで美しいってどういうことだ、氷室辰也くん。
なんだか、女に生まれてごめんなさい、と言いたくなる。



「…お役に立ててよかったよ」



しかしまぁ、彼の行動理念に突っ込んでいけるほど、私は親しくも図々しくもないわけで。
ぎこちない笑い方になっていないか自信はないけれど、一応笑みは保ったままさよならに向かう一歩手前の言葉を紡ぎ出せば、先程まで私の席のすぐ横からノートを覗き込んできていた彼は、もう一度その広げたままだった古典用のノートに視線を落とした。

軽く伏せられた目蓋の下には長い睫毛の影ができて、なんというか…こちらは本当に男にしとくには勿体ない、とついつい思ってしまう。



(いっそ私と性別交換しちゃえばいいよ…)



そんな馬鹿なことを考えていると、また唐突に何を思ったのか、彼はその長い指先を私のノートをなぞるように走らせる。

しなやかな動きを見せる筋張った手は確かに男らしい形をしているのに、少しも歪まず真っ直ぐに伸びた骨格の美しさについ溜息が溢れそうになった。

指まで美人か、氷室くん。



「みょうじさんは綺麗な字を書くんだね」

「そう? あんまり気にしたことないけど」

「ああ…すごく好みだな」

「へぇ…」



にっこり、花も恥じらって閉じてしまうのでは、と危ぶんでしまうような笑顔を向けられて、さて私はどんな反応を返せばいいのだろうか。

字を口説かれている、のか…?
何それ新しいな。

とりあえず、教室中から集まる視線の数を気にしながらもへらりとした笑顔を返せば、彼はどこか満足げに僅かに肩を持ち上げたかと思うと、それじゃあ、と笑った。



「また解らなかった時に、お願いするよ」

「あ、うん。私でよければ」



いや、別に私じゃなくても古典解る人はいるんだけどね…?

本当は突っ込んでみたい気分を飲み込みながら人当たりのいい笑顔を作る私は、どうも押されると引いてしまうような性質を持ち合わせていたりする。
自分の席に戻っていく氷室くんの背中に、訝しげな視線は送らないまでも違和感しか感じられなくて。

穏やかな日常が微妙に崩されていく予感を、感じ取っていた。






違和感一つ




「ちょっ、なにっ? 何でなまえが氷室くんに話しかけられてんの!?」



話題の人物が同じ教室内にいる所為であまり通る声ではないが、勢いよく疑問をぶつけてきた友人に両肩を揺すぶられて首まで揺れる。

がくがくと前後に動く頭をどうにか保ちながら、ううん、と私も唸ることしかできなかった。



(何でってなぁ…)



私の方が聞きたいんだけれども。

募った視線は嫉妬というより驚愕だったので、身の危険だとかは感じない。
けれど、今まで挨拶すらまともに交わしていなかったクラスメイト、しかも美男子が、ある日突然親しげな様子で授業での疑問点を教えてもらいに来るというのは、やはり周囲にとってもそれなりに異常に思える光景だったらしく。
私自身が普段から必要以上に男子と関わり合いを持たないことも相俟って、その反動は余計に強かった。

だからといって、私にもよく解っていないのだからどうしようもない。



「うん、何でだろうね」

「こっちが聞いてんだっつの!」



揺すぶっていた肩から手が離れたかと思うと今度は頭上に拳骨を落とされて、地味な痛みに少しだけ涙が滲んだ。
何これ、理不尽。
20121016. 

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