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氷室くんって理想の男を地でいくよね、と誰かが呟くのを聞いたことがある。

クラスメイトの一人である氷室辰也くんその人は、確かに顔が良ければ頭も良く、スポーツだって難なくこなせる上に帰国子女ということで女の扱いまで心得ているという、とんでもなく良物件であった。



(まぁ私には関係ないんだけど)



なんというか、彼は高嶺の花という言葉が相応しい人だと思う。
およそ高校生とは思えない落ち着きぶりと垂れ流しの色気を見れば、同じクラスに所属することになってしまった男子が気の毒に思えるほどに。

だから同学年に限らず女子の人気をかっ攫ってはいるものの、特定の相手になりたいと望める兵まではおらず。
氷室くんは観賞用だよね!、という暗黙のルールが女子の間で敷かれていることを、果たして本人は知っているのかいないのか。



(まぁそれもやっぱり私には関係ないんだけど)



落ち着いているとはいえノリが悪いわけではなく、友人との付き合いは笑顔でこなしている彼を盗み見ながら読書中の本のページを捲った。
それと同時に彼の指がその米神に触れ、軽く首を傾げるような、揺するような動作が入った。

意識して数え始めてから、これで八度目。



(そろそろ見て見ぬふりできないかなー…)



どうも、あの仕種には覚えがある。

もやもやと胸の内に広がるのは、少しばかりの迷いだった。
どうしようか。放っておくべきか。私は大して彼と親しいわけではなく、寧ろ同じクラスに編入してきた日からまともな会話を交わしたことなんて皆無なのだけれど。

読んでいた本に栞を挟みながらもう一度視線をそちらへと向けてみれば、やはり私の勘違いとは思えなくて。
というか、傍にいる男子は喋ってないで気づいてやれよ、と思う。
いや、この場合はどっちもどっちか。氷室くんも氷室くんで少し、あんまりな気がする。



(壁でも作ってるのかねー…)



どこか社交辞令色の強い笑顔を横目に、仕方ない、と取り出したルーズリーフを四つ切りにして、鞄から取り出したそれを包む前に思い付いたことだけ書いておくことにした。

気づいて放っておくのは忍びないから私は勝手に動くだけだ。
けれど、つらいならつらいと、少しの弱音くらい吐けるような付き合いをすればいいのに。
理想像だからと無理することはないし、自分からも距離を置くことはない。

痛いって言っても、誰も気にしないよ。

それだけ記した四分の一のルーズリーフに錠剤を二錠包んで、深呼吸した。
多少大雑把だけど、仕方ない。この際やり方には拘らないことにしよう。



「やっば忘れ物!」



いかにも今気づきました!、という風を装って立ち上がった私は、彼らの横を通り過ぎる寸前に近くにあったスポーツバッグに引っ掛かるように見せ掛けてつんのめった。
これで倒れたら痛いだろうなぁと思いつつ、まぁそれくらいは覚悟の上で。

けれど計算外なことに、倒れかけた身体は強く引き寄せられて留まる。



「…っと。危なかったね」



さすが運動部の反射神経は素晴らしい。
私の腕を引いて助けてくれたのは、正に目的の人物だった。



(ほんとパーフェクトだな外見上は)



自分が苦痛を感じているのに他人にまで配慮できるのか…と、若干尊敬の念を抱きながらも、私は大袈裟にお礼を言う為、彼の掌に自分の手を重ねた。



「ごめんね氷室くん、助かったよ、ありがとう!」

「え?」

「私急ぐから! ほんっとうにありがとうね!!」



彼が気づかれたくないのなら、この無理矢理なやり方も致し方ないことだろう。
その手に折り込んだメモサイズのルーズリーフを握らせて、軽く戸惑いの視線を向けてくる彼から逃げるように教室を出た。



(頭痛はきついよ、頭痛は)



ちゃんと薬飲んでくれるといいけど。

速足で廊下を進みながら、それはそうとこれから私は何を忘れ物にするのかと、最大の問題と向き合う。



「…紛失ってことにするかな…」



もしくは昼休みギリギリではあるが、図書室に駆け込んで本でも借りるか。
これは授業遅刻で叱られるかもしれないなと、乾いた笑みが浮かんだ。

まぁ、気づいちゃったものは放っておけないし、後悔なんてないわけだけれど。






気遣い二粒




結局授業には遅刻し、なくしかけた図書室の本を探していました、という言い訳を挙げて数学担当の教員にお叱りを受ける私を、クラスメイトは面白がったり気遣ったり様々な反応をくれたのだけれど。

そんな中一つだけ笑わずに私を見つめる視線があったことには、その時の私は気づかなかった。



(氷室くんは治ったかねー…)

(みょうじ、なまえ…みょうじさん、か)
(彼女、気づいてたんだな…)
20121010. 

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