光陰矢の如しとはよく言ったもので、月日は何ものにも隔てられることなく過ぎ去っていく。
季節は幾度も巡り、様々な出来事も味わった。新しい出逢いがあれば親しいものとの別れもあり、時に起こる事件に振り回されつつも充実した学生生活を送っている。
幼馴染みとの中学三年間をかけた約束は、未だ続行中だった。
年を経るにつれて多忙さを極めていく彼と過ごす時間は、幼い頃と比べるまでもなく、めっきり減ってしまったけれど。
それでも、少しでも暇を見つけては会いに来ようとする彼に絆されてしまって、たまにこちらから顔を出したりもするようにもなった。
そんな、三年目の春の終わり。初夏の気配を感じる頃。再び通うことが増えた征十郎の自室でお茶を頂いていると、手習いの合間の休憩中である彼がぽつりと溢した。
「前に…なまえに訊かれただろう。友達は出来たか、と」
「うん?」
唐突に振られた話題に、一瞬何のことだか解らなかった。
ここ最近に出た話題には結びつかず、ううん、と視線を上に投げて思い返す。いかにも彼を案じている雰囲気のある質問だから、本当にずっと前に訊ねたことなのかもしれない。
「もしかして…中学に入学してすぐの頃?」
あまりはっきり覚えてはいない。けれど、その辺りではなかろうか。
半分ほど当てずっぽうで答えを返すと、私の向かいでぱらぱらと本のページを捲っていた征十郎はこちらを振り向かずに頷いた。
最近、こういったことが増えているように思う。
この家は元から、家柄に見合う能力を備えるための英才教育に殊更厳しかった。けれど、休憩の合間にも学外の学習に頭を使うような予定組みというのは、さすがに度を超してきた気がしてならない。
無理をして身体を壊したりしないかと心配になるのだけれど、征十郎自身が出来て当たり前の域だと思っている節もあるため、私からは強く注意もできずにいた。
「そう、それだ。それなんだが……恐らく、オレに友達はいなかったよ」
「…なんて寂しいこと言うの」
肯定の後で続いた言葉に、適温になった紅茶を傾けようとした手が下がる。カップの中で揺れる琥珀色に眉を顰める自分の姿が写り込んだ。
友達がいなかった、って。何それ。
私もあまり同級生と学生らしい友情を育むのは得意ではないけれど、さすがに友達がゼロということはない。それも中学入学初期に言い出したならまだしも、今年でもう三年生だ。
冗談のように笑い飛ばすこともできずにもう一度窺い見れば、読み終わったらしい分厚い本をぱたりと閉じた征十郎は、ぼんやりとした視線を下方に彷徨わせた。
「征ちゃん?」
「なまえが…」
「なに?」
どうしたの。
様子のおかしさに、自然と自分の表情が硬くなっていく。
会話をする時間、自分から近付かなければ顔を合わせる機会も減って、最近はしっかりとお互いの現状を把握し合っていない。
今までで一番、彼に何が起きているのかを知らない時期だった。
何かがおかしい。何か、私の手の届かない場所で小さくはない問題が出てきているのでは。
気にする内に、必死な表情になっていたのだろうか。はた、と目を瞠った征十郎は漸く顔を上げて私に視線を合わせたかと思うと、小さく笑ってみせた。
「いや、何でもない」
何でもないから、忘れてくれ。
完璧を装う人形のように綺麗な笑顔を向けられて、それ以上は追究できなかった。私にも彼の心配を振り払った覚えがあったから、無理に聞き出すことは憚られて。
けれど、そんなものは踏み入る勇気のなかった私の言い訳でしかない。普段は自分勝手に振る舞うくせにこんな時ばかり尻込みするから、後になって悔やむことになるのだ。あの時頷かなければよかった、と。
私は違和感を放置して、彼のヘルプサインを受け損なった。
僅かながら、気付いていたはずなのに。大切なものをまたしても、取り落としてしまった。
辞別→出逢い。
夏に差し掛かる空は、暮れ行くのが遅い。
西日を受けて家の門近くから伸びる影法師が、ゆらりと揺れるのが、いやに目に焼き付いた。
「やぁ、なまえ」
「征ちゃん?」
いつも勝手に家に上がり込んでいるのに、今日は外で待っているなんて、どうかしたのだろうか。
門を潜りもせずに塀に寄り掛かった幼馴染みの姿を、不思議に思う。その時はまだ、距離も離れていて小さな変化には気付けなかった。
「こんなところで何し……っその目、どうしたのっ!?」
けれど、距離が近付けば分かってしまう。私を見つめる馴染み深い赤色の双眸が、馴染みない色みを帯びてしまっていたら。
おかえり、と相好を崩す彼に向かい合い、狼狽えてしまう。その左目は、色素を欠いていた。
「怪我!? 目を怪我したの…!?」
思わず詰め寄り、手を伸ばしそうになって留まる。触れてしまえば、そのままの勢いで肩を揺さぶってしまいそうな気がして、もう一度引っ込めた。
私の動揺を窺っていた幼馴染みは、僅かに色素の抜けてしまった目の下を指でなぞりながら頬を弛ませたままだ。
「落ち着け。何ともないし怪我でもないからなまえが気にすることもない」
「怪我じゃない?…なら、何で……色が…」
「必要があってのことだ」
必要があって目の色が変わるって、何だ。
返された言葉が端的過ぎて、理解が及ばない。征十郎が何を言っているのか、解らない。
しかも、ぴり、と肌に感じる正面からの強い視線。どこか硬い空気と違和感に、徐々に息が詰まっていく気がする。
「征ちゃん、何だか…様子がおかしいわ」
「さすがに気付くものだな」
この、込み上げてくる不安の出所は、何処なのか。
怪我ではないという言葉だけは、痛みに顰められる様子も治療跡もないことから信じるにしても。だからといって、よく解りもしない説明を聞かされて、ああそうなんだ、と鵜呑みにできるわけもない。
日差しは強まり湿気も漂う季節だというのに、無意識に腕を擦ってしまう。
訝る私に軽く、そしてどこか満足げに頷く幼馴染みの笑みには、今までにあまり浴びせられたことのない威圧感が含まれていた。
「特に態度を変えてもいないのに、僕に気付くとは…幼馴染みの繋がりは伊達ではないか」
「……ねぇ、口調とか雰囲気とか、微妙にいつもと違う気がするんだけど」
「ああ、それは……違うから、当然だろう」
にこりと、整いすぎた笑みを貼り付けた幼馴染みは、狼狽しきりの私に手を伸ばしてくる。
するりと、愛しいものに触れるように頬を撫でてくる指から体温を感じたことに、少しだけ身体から力が抜けた。
常よりも硬い表情や声に、緊張してしまっていたらしい。相手の熱を感じるほどに私の方は身体の表面まで冷えてしまっていたようで。
けれど、気が緩んだのも一瞬のことだった。
巫山戯られない空気の中、巫山戯る様子の一切ない征十郎が、一番巫山戯たようなことを口にする。
なまえの大切にしていた“オレ”は、いなくなってしまったよ。
「…何を言ってるの?」
わけが解らない。何が言いたいのか、本気で理解できない。
折角解れそうになっていた身体が、またも強張っていく。奥の奥、心臓がぎしりと小さな悲鳴を上げた気がした。
目の前の男は、幼い頃から大切にしてきた幼馴染みだ。それは間違いないはずなのに。
視線を逸らすことだけはできない。呆然と見上げる私を面白がるように、くい、とつり上がる唇が見えた。
「分かりやすく言ってあげようか。人格が交代したんだよ、“オレ”から、僕に」
「……冗談?」
「事実だ」
事実。事実だと。
頭の中に落ちてきた言葉は、そのまま私の全身に強く打ち付けられる。
人格が交代した、ということは、元あった人格が分裂したということだろうか。
多くは幼少期の虐待、精神的負担から防衛本能が働き、人格が乖離するという例なら私も知識として知ってはいた。けれど、それなりに長い人生を生きていてもさすがに実例に出会したことはない。
まさか…と笑い飛ばしてやりたいのに、唇は乾いて、動かすことができなかった。
「度重なる重圧に耐えかねたらしい“オレ”が、僕を抑え込みきれなくなった。だから、より優秀な僕が表に出るよう交代した」
滑らかな口調に、悲観するような空気はまとわりつかなかった。
もし、彼の話が本当なら。目の前の征十郎は新たに芽生えた副人格、ということになる。私を覗き込んだまま笑う男からは、主人格である存在をしっかりと認識したその上で、見下しているような雰囲気が窺えた。
(征ちゃんが……いなくなった?)
信じられない。突然そんなことを告げられても、すぐに信じられるわけがない。
それじゃあ、瞳の色が変わってしまったことと何か繋がりがあるのかしら…なんて、今考えなくてもいい思考が邪魔をして、心の整理もつかない。
信じられない。けれど現実を目の当たりにして、嘘だと思い込むことも不可能だった。
私の知る赤司征十郎という幼馴染みは、こんなにくだらない冗談は言わない。何より、普段から彼と接していれば、身に纏う空気の違いをまざまざと感じ取ることができる。
(無理を、していたの)
嘘じゃない、ということは、本当だということだ。私の大切にしてきた幼馴染みは、いなくなってしまった。その事実がぐるぐると頭の中を回って、何処も彼処もを占領してしまう。
私は、知らなかった。そこまでの重荷を感じるほどの生活を、彼が送っていたことを。
自分以外に何もかもを放り出してしまいたくなるほど、切羽詰まった状況に身を置いていたことを。
傍にいられる僅かな時間には、彼は溢してくれなかった。何でもないという誤魔化しを、見抜き掛かっていたのに突き詰められなかった。
「私……今やっと、あの頃の征ちゃんの気持ちが分かった気がするわ」
ああ、これは報いなのかもしれない。
気付けば、深い溜息が漏れ出していた。
続きを待つように微かに首を傾げる知らない顔をした彼を見上げると、心の震えが身体にまで表れそうで、一度奥歯を噛み締める。
目蓋を押し上げた時、私の目が縋るような色をしていなければいい。
頬に置かれたままの手は、間違いなく征十郎のものだ。その甲に私からも手を重ねながら、彼の母の残した言葉を思い出した。
我慢強いから無理をする。あの子をよろしく。その言葉の本当の意味を今更理解したところで、もう遅い。
母親は強い生き物だ。私が今まで気付けなかったことを、彼女は見通していたのかもしれない。
征十郎のために何よりも必要だったのは、正しい道へと背中を押す手では、なかった。
「苦しくて逃げたくてどうしようもなくなった時には、私のところに来てくれれば良かったのに…って。私だってそうしなかったくせに、酷いことを考えてる」
「逃げ場など、赤司征十郎には必要ないよ」
「そう…征ちゃんもそう思ってたのかしら」
だったら私にも、縋りついてほしいだなんて言っていた彼は酷いエゴイストということになるのだけれど。
私も私で、ずっと傍にいることを選ばなかった時点で、いざという時に頼れる先を潰してしまっていたのかもしれない。
無意識に。征十郎を想うと語りながら、征十郎の首を絞める一端になってしまったのか。
何より、守りたいものであるはずなのに。
今だって、こんなに大事だと思うのに。
(また、私は……)
取り落としてしまった。
今度ははっきりと、心臓が悲鳴を上げる声を聞いた。
「そんな顔をするな。なまえが悲観するようなことは何もない」
僕がいるよ、と言い聞かせる声にも何かしらの情は込められているのかもしれない。けれど、私のよく知るぬくもりは窺えない。同じ征十郎という人間だろうに、代わりにはなりそうもない。罪悪感だって拭いきれない。
彼は、最初は確かに子供じみた駄々を捏ねてみせていた。同じ学校に通いたい、共に過ごしたい、ずっと傍にいたい、と。
その我儘がもしかしたら、限界に至るまでのサインだったのかもしれない。今になって気付いて、耐え難い目眩に襲われる。
私が、悪いのか。
自分の都合で三年間の賭けを切り出してしまった。それが一種の壁になって、精一杯の甘えも堪えて見せてくれなくなったのか。
心の拠り所が足りずに折れてしまったというなら、私はもう、征十郎の支えになれる人間ではなくなっていたということになる。
いざという時に頼ってもらえないということは、こんなにも、胸を刺し貫かれるようなことだとは。
「気に病まないなんて…無理よ」
だって、本当に、きつい。
私が居たら、もしかしたら…と。そんな後悔を抱える選択をしてしまっていたことが、重くこの身にのし掛かる。
一番大事な存在の支えになれない。役に立てない。守ってあげられない自分というものに、嫌気が差して堪らない。
どこか不思議なものを見るような目をした男には、要らないと言うだけあって、理解する気がないのだろう。
赤司征十郎には不必要だという存在。彼のための逃げ場に、それでも私はずっと、その場所にいたかった。
「……貴方も、征十郎ではあるわけよね」
「ああ。僕も、赤司征十郎だ」
気に入らないか、と訊ねてくる彼に、私は緩く首を振って返した。
「気に入るも気に入らないもないわ。貴方が赤司征十郎である限り、私には貴方を否定したりできない。けど…」
一番の不安に震えてしまった手を、頬の傍からひっくり返された掌の中に納められる。
向けられる優しさは、彼のものに酷似していた。けれど、この男は私の知る征十郎ではない。その事実に、恐怖に似た感情が膨れあがる。
「征ちゃんは…いなくなったって。貴方に食い潰されて消えてしまったということ?」
生きる世界に戸惑いを覚えた、幼少期。自分の居場所に迷って怯えた夜に、手を離さないでいてくれた優しい子供。
熱すぎるほどのぬくもりを、消してしまったのだろうか。掠れる声を隠すこともできなくなる私に、答える存在は少しも穏やかさを欠かさなかった。
「裏側に引っ込んだから、いなくなったと表現したが。完全に消えたわけじゃない」
「……そう…」
そう。じゃあ、跡形もなくいなくなってしまったわけではないのね。
知らず詰めていた息を、吹き返す。消えていないなら、会えなくなったわけでもない。いつまでも内に籠もるようなタイプでもないのだから、希望的可能性を捨てる必要はない。
「なら……まぁ、いいわ…」
「いいのか」
「…最初に手離そうとした私が、憤る権利はないでしょう。賭けの途中でとんずらされるとは思わなかったけどね」
僅かに残る怯えも、隠せるレベルまでは落ち着いてきた。意外だと言わんばかりに目を丸くする男の所為だろうか。慰めるように私の手を握ったまま、温めようとする姿が彼と被ってしまってしょうがない。
違和感を覚えたのは最初だけで、触れられると温度や力加減は変わらない。変わらず、私を想っているのだと判ってしまう。
「なんだか…落ち着いてくると、極端に変わったようにも感じないわ。征ちゃんは人格者でも演じてたの?」
受け入れきれないような身勝手を押し付けてきていた幼い頃の彼を思い出すと、自分が赤司征十郎だと植え付けようとしてきた目の前の男は、確かに赤司征十郎らしいと頷きかけてしまう。
少し、余裕がなくなった時に出ていた威圧感が、表に出てきただけのような……外見が同じだから、そう感じてしまうのだろうか。
「人格者…どうだろうな。他の人間となまえの前では少しは違ったかも知れないが」
「どうも私には、貴方も征ちゃんも、赤司征十郎にしか見えないんだけど」
私がいない場所で、どんな風に人と接していたかを知らない。何を思って堪えて折れて、こんなことになってしまったのかも。
聞けば答えてくれるのかもしれない。けれど、聞いてしまえば私は、征十郎の負担となった存在全てに苛立ってしまいかねない。最悪憎んでしまう可能性もあるから、今はまだ、深く追究することは控えた。
腹を立ててそれ以外を考えられなくなる前に、私達の間には優先すべき事情がある。
賭けについてだけど、と切り出すと、二色の双眸がぱちりと瞬く。その仕種は見慣れたものだった。
「仕方ないから…腹を括ることにする。こうなったらもう、三年以上かかっても構わない」
中学三年の終わりに、答えは出るのだと思っていた。あと半年で、私は何らかの覚悟を決めなければいけないものだと心に留めてここまで来た。
目の前の存在からも想いを向けられている以上、答えは既に出ているようなものだけれど。まだ、確定はしていないのだ。約束の日までも彼が出てきてくれなければ、答えは出ない。
つまり、賭けは成立しない。
「今度は私が、征ちゃんを待つことにする」
これ幸いと、破棄してしまうことも出来た。征十郎の口から答えを得られなければ、約束を果たさずにすんでも許されたかもしれない。
そう、一瞬でも思う気持ちはあった。逃げるチャンスが出来たと、卑怯にも私は考えたのだ。
それでも、今度こそ選んだのは、彼ではなく自分の首を絞める覚悟。
約束の期間を、先延ばしにする。
私の前に帰ってくる征十郎を信じて、その口から答えを聞くこと。悩み続けてきた時間を無駄にもしない結論は、今度こそ彼のためになればいいと思う。
「何か、勘違いしていないか。僕のなまえへの気持ちはあれと変わらないよ。今後も変わることはない」
「そうじゃないかとは思ってる。けど、私が約束を交わしたのは貴方じゃない」
しっかりと握られた指が引き寄せられて、誓うように唇を落とされる。
その様に、心臓を締め付けられることもなく冷静に眺められるのは、相手が彼ではないからだ。
誰よりも大切に守り続けたいから、私なんかを愛してほしくない。罪悪感にも似た差し迫る感情が、いつもなら湧いているところだ。逃げる気にならないのは、今目の前に立つ幼馴染みは赤司征十郎でも、私の大事な存在の抜け殻に近いから、だろうか。
「貴方も征十郎なんでしょうけど。征ちゃんじゃないと、賭けは成立しないわ」
彼が相手でなければ何をされたって、私はどうだっていいと忘れてしまえる。
突き放してしまいたくなるのは、それだけ大事だからだ。同時に、何だってしてあげたくなるのも、彼しかいない。
落ち込む背中を見れば、撫でて抱き締めてあげたくなる。俯いている時には、顔を上げさせたくなる。
「…なまえは、僕のことは想ってくれないのか」
身を引く気配のない私を至近距離から覗き込む顔が、僅かに顰められるのは、今までの彼に対する態度とは少し違ってしまうからだろう。不満を、寂しさを訴えるような眼差しを見ると、逃げ場でなくとも必要とされているのだと自惚れられる。
唇を噛みそうな表情を浮かべる、新たな幼馴染みに掛けられた言葉には、そっと首を左右に振って否定した。
いいえ、違う。そういうことじゃないの。
「貴方も征十郎だって、分かっているって言ったでしょう」
きっと、傍にいれば愛しまずにはいられない。私は目の前に立つ存在だって、大切に想ってしまうだろう。
けれど、私が賭けた相手は長い期間を共に過ごした、“征ちゃん”だ。代わりは利かない。
「それより、家には寄っていかないの?」
未だ納得しきらない様子の幼馴染みの手を今度はこちらからも握り締めて促すと、伏せていた瞳を上げた彼は、私の真意を探るように真っ直ぐな視線を寄越す。
「寄ってもいいのか」
「ええ。だって、わざわざ私に会いに来てくれたんでしょう?」
初めましての挨拶に。
決していい知らせではなかったけれど、律儀に出向いてくれたのだと思う。もしかしたら家の人間にも伝えずにここにいるのではないだろうか。
なまえに会いに来るのは当然だろう、と頷く赤司征十郎は、どうしたって私の存在を切り離すことだけはないようで。そのことに安堵する気持ちも誤魔化せずに、私は彼の手を引いたまま門を潜った。
寂しさや虚しさを、感じないわけではない。今はいなくなってしまった存在を思うと、胸は軋む。助けになれなかったという事実にも苛まれる。後悔は絶えない。
けれど、何が起こっても手放せない繋がりがあるということも、間違いなく実感していた。
私を慰めるぬくもりは、きっとこの先も、消えてなくなることはない。
20150116.
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