シリーズ | ナノ



「まずはこのまま、警察に向かおうかな」



立ち上がり様に私がポケットから取り出したものを目にして、ぎょっとして固まる柚木愛梨に、嫌だなぁ、と首を傾げながら笑いかける。



「私が意味もなく、あんな罠に掛かるわけないでしょう?」



私はそこまで愚かじゃないって、知っているくせに。

にっこりと、自分でも態とらしいと知りながら浮かべた笑みは、他人の目にはどう映るのだろう。
震える指を向けてくる同輩は、頬を引き攣らせたままごくりと喉を鳴らした。



「け、警察…行くの…?」

「だって、大きな手柄を得ちゃったのよ?」



これを使わない手はないというもの。
普段は授業の補完に使用している、性能がいいだけの何の変哲もないボイスレコーダーには、しっかりと首謀犯の名前と音声が録音されているはずだ。
それ以前の授業中の音声も入っているから、私が自分から仕掛けたわけではないというカムフラージュもばっちり。不利な方向に運ぶような点は今のところ一つも存在しない。

本気で罠に掛かったと思うような間抜けが揃っていたようだけれど。生憎こっちは最初から、心構えは完璧なのよ。



「と、その前に…」



さすがに、ここまでの悪意を向けられているのに隠していると後が怖い。
レコーダーとは別に、いつでも制服のポケットに仕舞う癖を付けている携帯を取り出してアドレス帳を開く。両親にも報告は必要だろうが、それよりも優先しておかないと後々困りそうな人間が一人いる。
本音を言えば黙っていたいし、少しでも巻き込んでしまうのは躊躇われるのだけれど。彼の側の気持ちも考慮すると、さすがにそこまで薄情な真似もできない。



「ちょっと征ちゃんに電話入れるから、愛梨ちゃんは周囲を見張っててくれる?」

「えっ…呼ぶのっ?」

「そうね、呼ぶっていうか…事が事だし、ここまで来ると報告しないのはさすがにまずいから」

「それ、聞いたら絶対来るでしょあの人…私はどうしたらいいのよ!」

「…愛梨ちゃん、征ちゃんに憧れてた時期あったじゃない」

「昔の話でしょ!?」



どうしようどうしよう、と狼狽える彼女の顔色は日の落ちた中でも分かるほど青ざめていて、本気で恐れているらしいと知れる。
小学生時代の遠足での事故を切っ掛けに、躍起になって私の周りから自分以外の他人を排除していた幼馴染みの姿を思い出す。けれど、それだけにしては怯えようが尋常じゃない。
やけに切羽詰まった表情に、もしや私の知らない場所で何かあったのだろうかと勘ぐらずにはいられなかった。
あの子は私のためなら、何をするか分からないところがある。



「今度こそ本気で敵視される…消されるかも……」

「…危ないところで隙を作ってくれたじゃない。私を助けてくれた人に、彼も酷いことはしないと思うけど」

「あんなの、助けた内には入らないでしょう! 前に出ていく勇気もなくて、安全な場所に隠れたままで…」

「何言ってるの? あれで正解よ。私には充分、助けになったもの」



策もなく前に飛び出したところで、被害が増えるだけだったかもしれない。それを勇気と呼ぶのは正しくない。
無闇に逃げ回らずにすむ処置にしても、正しい判断だ。さすがに生徒会代行に選抜されるだけあって、彼女も賢く成長しているらしい。

だというのに、私の素直な感謝にも唇を噛む柚木愛梨は、駄々をこねる子供のように俯けた首を左右に振った。



「でも……だって、おかしくなった」



私の所為でしょ、と苦しげに吐き出す彼女の手を引いて、周囲を確認しながらゆっくりとその場を離れる。何にしろ、ずっとこの場に留まっているわけにもいかない。
気が進まないながらも逆らうつもりはないのか、弱り切った様子の同輩は少し後ろを着いてくる。その間も、ぽつぽつ発せられる女子特有のか細い声は止まなかった。



「昔…みょうじさんが私を助けてくれた時から、赤司くんが少しおかしくなって……誰も二人に近付けなくなった」

「そんなこともあったね」

「私、あの後に赤司くんに直接脅されたのよ。二度とみょうじさんに近付くな、って。だからちゃんと謝ることもできなくて…お礼も…言えなくって…っ」

「それは…私は気にしていないし、脅されたっていう内容も今回の件でチャラにしてもらえるんじゃない?」

「…でも……」



ぐずぐずと鼻を鳴らし始めた柚木愛梨に、私の方はつい、乾いた笑いを浮かべてしまう。
まさか脅してまで近付けさせないようにしていたとは知らなかった。もしかしてあの子、他の同級生達にも厳しい態度を取っていたりしないでしょうね。

あまり、否定できる強みとなる要素が思い浮かばない。一途に見つめてきていた赤い瞳が脳裏をちらつくと、それだけで悪い想像しか浮かばないのが悲しいところだ。



「どうして、同じ学校に進まなかったの?」

「深い意味はないわ」

「うそ。あんなにずっと傍にいたのに……やっぱり、あれから二人、おかしくなっちゃったの…?」

「違うよ。そうじゃない」



そうじゃない。私達の関わっていた中に、本当に悪い人間なんて一人もいない。

お願いだから泣かないで、と溢れ落ちてきた涙に指を伸ばすと、今度は堪えきれなくなったらしい嗚咽が漏れ始める。
ああ、本当に仕方がない。純粋な子供は可愛いけれど、繊細すぎて扱いが難しい。



「私が傍にいると征ちゃんのためにならないから、少し距離を置こうと思っただけ。愛梨ちゃんが原因なわけじゃないのよ」



確かに、切っ掛けではあったのかもしれないけれど。征十郎との仲が拗れてしまったのは、誰の所為でもない。
誰かの所為にするなら、間違いなく私の所為だろう。私があの子に依存して、きっと最初に甘えてしまった。いい歳をした大人が恥ずかしいことに、弱みを曝してしまったのだ。
優しいあの子は私を守り、引き留めようとして、必死だった。そして……育ちきらない精神のまま、実際に喪う恐怖までをも知ってしまった。



「私は、征ちゃんをあのままでいさせられない。責任があるの」



大事な約束がある。
若く美しいまま息を引き取った、最後まで我が子を案じていた人。彼女に託された言葉は誰にも知られず、私の胸だけに染み着いていた。






逃奔→窮追




中々泣きやまない柚木愛梨を宥めつつ、手短に連絡を入れてから近場の交番に入った。
赤司家との関わりや自身の容姿のおかげで、幼少期から何かとお世話になることが多かった通学路の交番には顔見知りの警察官が幾らか存在する。
学校帰りに引ったくりに遭ったこと、それを追い掛けると学内の知人が複数の他校の男子生徒を集めていて不埒な真似を働かれそうになったこと、逃げ出せはしたけれど荷物は回収できなかったこと、けれど“運良く”ポケットに入っていたレコーダーで主犯の声明は取れていること……話の通りやすい警官を相手に吐けるだけの事情を説明し終える頃だった。
がらりと開け放たれた背後の扉から駆け込んできた影が、私の肩を荒々しく掴むと振り向かせる。



「なまえ…!」



息急き切っている様子を見るに、何処からか走って駆け付けたらしい。車を呼ぶ手間すら惜しかったか、彼の方も帰路についていたのかもしれない。
肩を上下させる幼馴染みの表情は必死なもので、今回ばかりは判断を誤らなかった自分に安堵した。

知らせてよかった。苦しげに歪む双眸を目の当たりにして、実感する。
私よりも私を大事にする征十郎のことだから、自分が何も知らずにいたとなると本気で傷付きかねない。



「怪我はっ…手を挙げられたりはしなかったのか!?」

「大丈夫。逃げる時に私からぶつかったりしたくらいで、他は指一本触れられてないよ」



ぎりぎりと食い込んでくる指先が少し痛いけれど、落ち着かせるようにこちらからもその肩を撫でてやる。
言葉だけでは安心できなかったのか至る部分に目を走らせた征十郎は、特に乱れてもいない制服や傷付いていない肌を確認すると漸く大きな息を吐き出した。

そうして半分私に寄り掛かるように頭を落としたかと思うと、すぐに再びきつい目付きが持ち上がる。
それで、と私の隣の椅子で縮こまっている女子に目を光らせる幼馴染みの姿は、確かに可愛らしさの欠片もない。というか、私の知らない迫力があった。



「何故お前がここにいるんだ。二度となまえに近付くなと、あれだけ言い聞かせておいたのに理解できていなかったのか」

「っ……」

「やめなさい。愛梨ちゃんは私を助けてくれたんだから…酷いことを言うなら私が許さない」



びくりと全身を強張らせる柚木愛梨から意識を逸らさせるよう、腕を引く。代わりにこちらの方が納得がいかないと言いたげな表情を向けられることになったが、私に向けられる征十郎の感情は随分と弱められると知っているから、今更どうということもない。

正直、関わりを避けていたはずの女子の顔をよく覚えていたものだと思ってしまったけれど。考えてみれば当然のことなのかもしれない。
幼児期から敏感だった征十郎のことだ。自覚はなくても、私に関する危機は全てトラウマじみたものとして頭に残っている可能性がある。
数え切れないくらい心配を掛けてきた覚えが、私自身にも残っている。いくら自分が気を付けていようと、避けられない危険も度々起こった。幼馴染みの家柄が家柄なので巻き込まれることもあったし、私自身も恵まれた家庭に恵まれた容姿で生まれついた。歪んだ考えを持つ大人に狙われるようなことも何度かあって、その度に幼い子供に気を揉ませ、振り回してきたのだ。
仕方がない事情もあるとはいえ、私も本当に懲りないものだと自嘲する。



「君が駆け付けたなら、送りは大丈夫かな。現場周辺の確認と奪われたっていう荷物の回収に人手が回ってるんだ」

「はい、彼女のことはオレが送り届けます。事件のあらましだけ、説明の方をお願いできますか」



気を取り直すように一旦私から離れた幼馴染みは、改めて警官の口から詳しい話を聞くことにしたらしい。
私にとって顔見知りの警官は、彼にとっても変わらない。慣れた調子の会話は数分の間続き、録音された音声までしっかり確認した頃に、一人帰ってきた別の警官が発見したらしい荷物を届けてくれた。荷物は確かにビル内に放り出されたままだったらしく、辺りに人影はなかったという。残る数名は未だ近場を警戒中と聞かされたが、さすがにここまで時間が過ぎれば首謀犯も引いているだろう予測がつく。というか、引いていなければそれこそ救いようのない馬鹿だ。
時計の短針が一つずれる前に、危機を救ってくれた同輩だけは帰路に着かせていた。今日のところは気を付けて帰るようにとの許可が出て、再び日の暮れきった外界に足を踏み出すと、空には点々と輝く星が窺えた。



(さて……)



これから、どうしよう。

沈黙を息苦しく感じるような仲でもないのに、自分から話し掛けるには適当な話題が見つからない。
この状況で楽しめるような話を上げても、只でさえ硬い空気を余計に悪くするだけだろう。速くも遅くもない歩調で隣をキープする幼馴染みの機嫌を、わざわざ悪くしたいわけでもなく。だからといって、一言の会話もなしに家までの道のりを歩いて帰るというのもできそうにない。

私に対しても、怒っているんでしょうね。
聞こえない程度の溜息をそっと吐き出すと、交番から出てから暫く、噤まれていた口が不意に開かれた。

それで、なまえ。



「リボンは、何処で落としてきたんだ」

「……さすがは征ちゃん。目敏いね」

「はぐらかすな。質問に答えろ」



ああ、やっぱり気付いていたか。
薄暗闇の中でもぎらりと、色を失わない赤い瞳に睨まれて、目蓋を伏せる。
最終的に頼ることになるかもしれない。そう考えていたとはいえ、このタイミングで問い質されるのは流石に私にも厳しいものがあった。



「オレが与えた物を、なまえが不用意になくしたりすることはないはずだ。気付かないわけもないと分かっているだろう」

「そうね…征ちゃんならすぐに気付くとは思ってたけど」

「レコーダーについても、事が起こることを察して最初から準備していたとしか思えない。なまえ、お前は……態と自分の身を危険に曝したんじゃないのか」



返す言葉が見つからない。喉元を締め上げられるように、酸素まで奪われていく。
帰路に人気は少なく、立ち止まってしまっても気にするような他者は存在しない。強い力で握られた手首に引き留められた私は、どうしても今は見つめたくない双眸と向き合わなくてはならなくなった。

誤魔化し通せないことだろうとは思っていた。
勘の鋭く賢い子だ。注意を促してきていた征十郎が、私の考えに気付かないはずがない。
けれど、だからといって、足を止めることなんてできなかった。私のためにも……征十郎のためにも。



「…だとしたら、駄目なの?」

「なまえ」



咎めるように呼ばれる自分の名前が、酷く冷たいもののように聞こえる。けれど、ぎり、と握り締められた手首の骨が軋むと、痛みよりも先に目蓋が痺れた。
浅はかなことだ。傷付けるようなことを平気でしておいて、それでも大事に想われていることを感じて安心してしまうなんて。

この子もよくも、こんな女に執着できるものだと思う。私の可愛い幼馴染みは、妙なところで趣味が悪い。



「何処かで、迅速にこちらから仕留めにかからないと、被害を被る可能性は上がるばかりでしょう」

「他にも安全な手立てはあったはずだ。なまえなら考える頭もある」

「過剰評価だよ。私は征ちゃんほど優秀でもないし」



長々と、遊びたいわけでもないのに、面倒な人間には付き合っていられない。
危害が続けば私だけでなく、彼の方だって心労を感じたはずだ。今からでも帝光への編入をと言い出さないとも限らない。それでは本末転倒だし、ここまでの辛抱や努力も水の泡となってしまう。

だから、手っ取り早い方法があるなら、それが最善だと思った。
少しくらい彼を不安にさせることになっても、挽回できる程度の傷なら負っても構わないと。
今だって、私を射貫いてくる瞳の力に罪悪感は抱いても、後悔する気持ちが芽生えることはない。元から計算尽くで、薄情なことでも平気でしてしまえるような人間なのだ。私は。

征十郎が知ってきた以上に、最低な女だ。



「いつでもスマートには片付けられない。本来私は、泥に塗れながらでも目的を果たすような人間だもの」

「違うな。なまえなら、慎重に布石を撒けば身を削らないやり方だってできたはずだ」

「だから…買い被りすぎだって」

「お前、オレがいないから手を抜いているだろう」



動いたのは、一瞬だった。

全身をぶつけるように迫られて、咄嗟のことに足が縺れる。気付けば、路上側面の壁に背中を強かに打ち付けていた。



「! いっ…」

「なまえはオレがいなければ、自分ごと守ろうとしないだろう…!」



痛い、と訴える隙もない。
覆い被さる影の大きさに、鼓膜に打ち付けられた叫声に、呼吸が止まる。
いつかと同じ、怒りと恐怖に染まった紅玉が、それでも苦しげに、泣き出しそうに私の目には写ってしまった。

握り締められる片手首が、嫌な角度で壁に押し付けられて悲鳴を上げる。逃げられないように、だろうか。そんなことをしなくても、今にも崩れ落ちてしまいそうな表情をした幼馴染みを放って、逃げ出したりなんて出来やしないのに。
そうでなくても、今までに感じたことのなかった威圧感に当てられて、僅かも身動きが取れそうにない。
身長が伸びて、骨格だって育った。力は言わずもがなだろう。いつだって傍に感じていた存在の変化を、まざまざと思い知らされる。
十センチもあるかという距離から見下ろされて、自分が途端に小さくなってしまったように感じて身体が強張る。
馴染むくらい見慣れた顔が、見たことのある表情だと思ったばかりだというのに、別人に見えて。無意識に、ごくりと喉を鳴らしていた。

信じられない。
いつの間に、こんなに変わってしまっていたのか。



「それがお前の根幹か」

「……何の、ことだか」

「薄々分かってはいたよ。でも、納得する気にはなれない」



だから嫌だったんだ、離れるのは。

怒っているとも悲しんでいるとも取れる、掠れた声が胸を突き刺した。
何度口にされた言葉でも、私を責めるには充分な一言だ。



「複数だ。複数の男子に襲われて、うまく助けが入らなければ無事に逃げ切れた可能性も低い。仕掛けた相手がそれは悪いだろう。主犯が分かっていて証拠だって掴めていれば、それは確かに後からどれだけでも報復は可能だ。けれど、その時にお前がどうなっていたかは知れないっ…無鉄砲にも程がある……!」



怯んだ一瞬を逃さずに、征十郎は言葉を止めない。傷付いた分を傷付け返すよう、正当な刃を振り翳し続ける。
反論できるはずがない。どうしたって、痛みが胸に響いて言葉が出てこない。その言葉の全てが私の身や心を案じた故のものだということが、とても、どうしようもなく、痛くて。

そんなに苦しい顔をするくらいなら、見放してくれたらいい。
そう思うのに、本当に見放されてしまった瞬間には自分が絶望の底に落ちてしまう光景が容易に頭に浮かぶ。
どちらの道にも進めずに右往左往しているのは、それでも、私一人だけでいいと思っているのに。



(どうして…)



この子は、呆れるくらいに私に甘いのだろう。

目の前の相手に気を取られたまま、ぼんやりと浮かんだ疑問は、中途半端に開きかけていた唇を塞がれたことで消え去った。



「何で解らないんだ」



唇が重なっただけだ。口付けと呼べるほど深くもなかった。
要らない言葉を封じ込めるように、数秒、押し付けられたものが離れると、ぽつりと溢された声は少しばかり、落ち着きを取り戻していた。

代わりに、私の方が呆然としてしまう。



「な…」



何をするの。
何が解らないと言っているのかも、吹き飛ばされた思考の所為で理解できない。これ以上ないほど、状況に頭が追い付かない。

出逢った頃から異常なくらいに懐いてくれていた幼馴染みだ。戯れで頬や額にキスをすることくらいなら、何度もあった。さすがに成長するにつれて頻度は減っていったし、中学に進学してお互いに顔を合わせなくなってからは度を超すような接触は一度もしていない。

おふざけであれば、私は今だって流すことはできただろう。
けれど、これは違う。
子供同士の愛着や信頼を表すような、そんなものじゃない。離れた後も息が掛かるほどの距離から向けられる視線に、喉から身体の奥をじりじりと焦がされる感覚がする。



「大事だから心配で……誰より大切だと思っているのに、お前だってそんなことは疾っくに解っているくせに。いつまで、オレ自身から目を逸らす気なんだ」



距離が近すぎて、他のものが視界に入らない。確かにこれでは目を逸らす意味もないと、よく働かない頭で間抜けにも思った。

逸らす意味がない。
なら、私はどうするのが正解なのだろうか。
征十郎の一番近くで、見つめて、それで何ができる。何になるのか。不利益を運ぶだけの存在でいるのは、もう懲り懲りだというのに。



「なまえがそんな風だから、放っておけない。余計に、離れられない…」



最後に力なく囁かれた言葉が小さな電流となって、心臓を駆け抜ける。

“そんな風”でなければ、離れていってしまうの。
装うこともできずにいた、無防備な心が呟く。優しさを与えられれば与えられるだけ弱り切ってしまう自分を、絞め殺してしまいたかった。

20150110. 

prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -