シリーズ | ナノ


急転に対する措置として創られた雑務処理班は、数度の顔合わせを経て少しずつだが機能し始めている。
中心に現生徒会長を置きつつも、元いた他の生徒会員から実質的に成り代わったようなものだ。補充人数は四名。私を含めた三名の一年生と、二年の先輩が一人。上級生の数を削られたことに関しては、恐らく会長が進言した可能性が高い。

私がやり易いように、という配慮も含まれているのだろう。力添えは有り難く、人選基準にも文句の付け所は見当たらなかった。



「でも…大丈夫ですかね」

「え?」



いくらかの伝達事項、今後の方針の確認を終えた放課後の空き時間。不意に不安げなか細い声をぽつりと溢したのは、私と同じく一年の中から選出された班員の一人、北川来夏だった。
彼女の人となりは、数日接しただけでもよく解っている。上位に並ぶ成績と素行の良さは間違いないが、人の目を見て会話することに慣れていない。恐らくは人見知りなところのある、メンバー内で最も気弱そうな彼女は、その性質がとても顔に出やすい女子だった。

唐突な切り出しにより全員の目が自分に集まったことに気付くと、彼女は眉を垂れさせ慌てて視線を下げる。



「す、すみません、何でもないです…!」

「謝る必要はないけど。その大丈夫って、何について?」

「あ……」



注目する私達全員の代弁として、訊ねる波柴薫が首を傾げる。
さすがに、優秀と謳われる生徒の頂点から発せられる疑問には答えないわけにはいかないのか。北川来夏はぎこちなくも俯いていた顔を持ち上げ、おずおずと口を開き直した。



「あの、林道先輩のことが、気になって…こんな風になっちゃって、すんなり納得して引いてくれるかな……って」



林道美奈。つい最近まで名ばかりでも副会長を務めていた先輩の行く末が、気に掛かるのだろう。悪い噂が真実に近いものだと露呈した今、自分の椅子を奪われた彼女が何かをしでかさないとは限らない。
心細げに溢された下級生の不安に、返事を返したのは唯一の二年生だった。



「そーだなー…プライド高いワガママちゃんだし。このまま黙っちゃいなさそうではあるわ」



引き連れてた取り巻きもとうとう消えたっぽいし…と頭の後ろで手を組むのは、二年代表の秋下祭。あっさりとした性格の天才肌、そして問題に上がる林道美奈と同輩ということもあって詳しい情報も握っている有力な人材だった。
とは言え、秋下祭自身は上に立つ器ではないらしい。内申稼ぎと面白そうだから、という理由で指名を蹴らなかっただけで、それ以上の執着はない。初対面時の紹介でそう言いながら、からからと笑っていた。



「ま、起こってもないこと気にしても仕方ないって。来夏が恐がるのも解らんでもないけどさ。大体あの人あったま悪くて次にどう出るか予想つかないんだよねー」

「秋下先輩もざくざく言いますね」

「そりゃあ一番被害被る同学年だから。全く合理的じゃない方向に突っ走って馬鹿やらかすのは、もうなまえだって知ってんじゃん?」

「さぁ…私は今回明らかになった事件分しか把握してませんから、何とも」



にやりとあくどい笑みを向けてくる秋下祭に、こちらからはにっこりと花の咲くようだと称される笑顔を返してやる。
この女子も中々食えない性格をしていると、短い関わりの中で既に把握していた。もしかしたら私の内に住まう性質にも気付いているのかもしれない、と思わせる時が度々あるのだ。

まぁ、鈍感だったり馬鹿だったりするタイプよりはずっと考えも伝わるし、関わり易いけれど。
そろそろ私のいい子ちゃんの仮面も持続しなくなる頃かしら…と頬に手を当てていたところ、続いていたらしい先程の会話に再び、波柴薫が乗っかった。



「林道さんが何かしないか、心配? 危害を加えられるかもって? もし本気で怖くて北川さんが仕事を蹴りたいっていうなら、私から先生方にもう一回進言してみるけど」

「い、いえ! 私は全然、大丈夫です! 林道先輩と直接関わったこととかもありませんし…!」



思いもしない提言だったのか、北川来夏はびくりと肩を跳ねさせると焦り気味に首を横に振った。
臆病さは目立つが、責任感の強い質だ。一度着いた役から尻尾を巻いて逃げ出すようなことはしないはずだろうとは、答えを聞くまでもなくこの場の誰もが気付いていたのではないだろうか。
彼女の否定にうんうん、と頷いたのは、思い切り背もたれに寄り掛かって天井を仰いだ秋下祭だった。



「そーだなー。直接関わってて標的にされそうって言うと、もっと有力な候補が……」



意識を誘導するような台詞から、今度は室内にいる他の三人全ての視線が私に集中する。
わざわざ他者に指摘されるまでもなく、解っていたことだ。そこのところを覚悟していなければ、ここまでの流れを作った波柴薫には最初から手を貸してはいなかったはず。

機微を窺おうとする様子にふっと頬を弛めて、私は見た目穏やかな笑みを浮かべてみせた。



「そうですね。もし危害を加えられるなら、私が一番標的にされやすいでしょうね」

「そ、それが……大丈夫じゃないって思って…」

「ありがとう。北川さんは優しいね」



心配してくれて嬉しいな。そう口にしながら親しくなるべき同輩に笑いかければ、強張っていた彼女の顔がぽっと赤くなる。素直で可愛らしい反応に、純粋に心が癒された。
こういう人間ばかりなら、私ももっと動きやすいのだけれど。さすがに、全ての人間から好意を集めるというのは現実的には難があるものだから、面倒な手順を踏まなければ目標点にまで到達できない。



(特に、女の嫉妬はどうしようもないわ…)



自分が一番注目され優先されたいという人間には、こちらがどれだけ冷静に語りかけてみたところで意見が伝わらない。根本的に、頭の造りが違うのだ。
噛み合わないパズルを無理矢理嵌め込もうとする時間が勿体ない。
噛み合う気も更々ないピースなら、完成には不必要。存在するだけ邪魔なものだ。



「なまえのことだから、ほっとかない奴も結構いるだろーけど……気を付けなよ。本当にあの女、狂い気味だから」

「秋下先輩まで。心配性ですね」

「茶化すとこじゃないし」

「ふふ、すみません」



軽く、何でもないように振る舞う。実際私は、そこまで現状に切羽詰まってはいない。
心配してくれる彼女達には悪いとは思うし、感謝も覚えるけれど。そうなることも、元から見越していたようなものだ。

林道美奈と直接対峙した時から、彼女の自己愛、頭の悪い傲慢さは理解している。
だから、大きな問題はない。



「大丈夫ですよ、私は」



大丈夫。最低限、誰も巻き込んだりはしないように。何かあったとしても何とかするわ。

彼女らに聞こえないのをいいことに、心の中で呟く。
何せ、私は見た目通りの子供ではない。中身の成熟度は言わずもがな、みょうじなまえとして生まれる前の過去には、薄汚れたことだって幾らも経験してきている。
恐いことも痛いことも辛いことも、終えてしまえばただ瘡蓋が残るだけだ。大きさに差はあっても、命を奪われるほどのことはそうそうない。それなら、怯えるものなんて無いに等しかった。

たった一つを除けば。



(不穏分子は、排除しないと)



危害を加えてくるのなら、根っこまで一欠片も残してはいけない。その為なら、多少の無茶は買って出てやろう。
無茶な真似だけはするな、という電波越しの声が耳奥で響いても、意識を逸らして聞こえなかったことにする。

あの子は怒るかもしれない。いいや、きっとこの場にいたのなら何が何でも私を庇うべく躍起になっていただろう。
吊り上がる赤い瞳に真っ直ぐに射貫かれると、私は弱い。見えないふりができなくなってしまうだろうから、想像の中の彼に苦いものを感じつつも安堵してしまう。



(だから、離れて正解なのよ)



彼に止められたり邪魔されてしまったら、私はつい応じて、願う通りに叶えてあげたくなってしまうもの。

可愛く大切な幼馴染みは、私の行動の全ては把握できない。けれど、完全に隠し通してしまえば後が恐い。
私が恐いのは、私の行為が彼を傷付けてしまうこと。私の所為で心を痛ませてしまうことは絶対に避けたいから、無茶無謀にも程があるような真似はやっぱりできないだろう。
何もかも綺麗に片付いた後に、纏めてあっさりと事後報告できるのが一番望ましくはあるのだけれど。
最悪の場合は構っていられない。嫌でも頼ってしまう時が来るかもしれないなと、耳横で揺れる深紅のリボンを視界に入れながら息を吐いた。






排除→暗雲



だけど、こんなに狡い女の立つ足場が、ちょっとやそっとで崩落するわけもないじゃない。

20141229. 

prev / next

[ back ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -