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最早日常的に出入りしている放課後の生徒会室で、私の纏めあげた資料に目を通していた生徒会長は文字に走らせる目を途中で上げて、正面の椅子に腰掛けていたこちらへと視線を向けてきた。



「何かいいことでもあったの?」



出されたお茶に口をつけようとしていた動きが、つい止まる。
彼女の表情からはこれといった感情は読み取れず、問い掛け自体も穏やかなものだった。馬鹿正直に反応してしまった自分に嘆息してしまう。



「あったかもしれませんね」

「機嫌良さそうだったのに…今度は嫌そうね」

「嫌というか、誰かに悟られるなんて焼きが回ったなと思っただけです」

「若者の台詞じゃないなぁ」



くすくすと笑いながらこちらの会話に乗っかれる、私からしてみれば波柴薫こそ若者らしくない若者だと思うのだけれど。
たかが中学生女子に気取られる程分かりやすい人間ではなかったはずなのにと、渋い気持ちが込み上げるのはどうしようもない。

ああ、それとも。分かりやすい一面は作り上げられてしまっていたのだろうか。
要因があるとすれば一つだけだが、それを消し去ってしまうことは中々難儀そうだとも思う。

仲違い、と称していいのかも微妙だが、長く顔を合わせていなかった幼馴染みが押し掛けてきたのはちょうど、生徒会長の手にある資料を纏め終える寸前の夜のことだった。
今では腫れも引いた頬を抓りながら説教じみた言葉や甘えを口にした征十郎を思い出すと、胸の中で固まっていた何かが解けていくような感覚もする。
それがいいことなのか悪いことなのか、判断を下すのは難しい。けれど、悲しいことに心は偽りきれなかった。



(本当に焼きが回った)



私も確かに、変わってしまった。

頭に浮かびそうになる鮮やかな色を今は遣り過ごし、無駄口を叩かなくなった私にそれ以上に突っ込んだ言葉は掛けられない。
資料を捲る手を再開した生徒会長は、黙々と目を通し続けると最後に読み終えた紙束で机を叩いた。



「さすがというか、無駄がないね。このまま提出して問題はなさそうだし、後の仕事は私に任せてくれればいいわ。面倒なのは生徒側の風評だけど…」

「後ろ盾となってくれそうな存在は幾らかはいますし、大丈夫だと思います」

「まぁ、みょうじさんだからね」



誑し込み済みか、と口角を上げる生徒会長に対し、人聞きが悪いですと微笑み返す。



「私には、後ろ暗いところなんてありませんよ」



にこりとした笑顔を貼り付け、軽く首を傾げる。
猫を被っていたって、言葉にも行動にも嘘はない。

悪事を働くどころか、学院や生徒の為に時間と体力を削って動き回っている。
例え本意が何処にあれ、褒められて然るべき働きをしていることに違いはない。
どこまでも正当に、穢れなく道を拓いているだけ。
それは傍目から見ても分かることであり、文句を唱えられる筋合いだってない。



「ただ、賭けに勝っても危険は付き纏うかと思うけど」



純粋に心配してくれているのか、単純に面白がっているのか。
頬杖をついた生徒会長は私を鏡に写したような表情で笑うから、読みにくい。

この子もまた、末恐ろしいこと。
内心で吐き出しながら、サイドで揺れるリボンを指先で弄んだ。



「まぁ、そこのところは」



どうにかするし、なるでしょう。

深い赤色が視界の隅で揺らしながら、呟く私の顔は恐らく、普段と変わらない笑顔で繕えていたことだろう。








妥協→攻落




そんな波柴薫とのやり取りから一週間も経たずに、積み上げてきた仕事の成果は出た。

いつもそうしているように朝に教室の扉を潜る瞬間、おはようと室内全体に声を掛ける。
普段なら其処彼処から同じような声が返ってくるところで、早朝から登校していた数名のクラスメイト達が荷物を机に下ろした私の周りに集まってきた。

その時点で、駒が進んだことは予測できたことだった。



「なまえさん、なまえさん、もう副会長の噂聞いた?」

「副会長?…どうかしたの?」



集まってきた彼女らの語る“噂”を、その時点で予測できていたとはいえ直接耳にしたわけではない。
話を合わせるために表面上で疑問の声を返せば、私の反応にどこか嬉しそうにしながらクラスメイト達は学院内に流れ出したらしい“噂”を口々に説明し始めた。



「生徒会副会長なんだけど、なんか色んな場所で不正を働いてたみたいで。教員会議で挙げられたみたい」

「元から汚い噂はあったし、とうとう表沙汰にされたって感じだけどねー」

「あの人嫌いだったし、清々するわ」

「大抵の生徒がそうじゃない? とりあえず今週中には全体に通達あるだろうけど、これは失脚だろうって噂になってるの」



どの世代であろうと、女の流す噂や情報の伝達の速さは恐ろしいものだ。
現在楽しげに話題に出されている内容も決して明るいものではないのに、誰一人として笑みを崩さないでいるのが残酷なところ。



(御愁傷様)



これで確実に、あちら側が動かせる駒はゼロになる。

一手誤れば自分もこうなるということを肝に命じつつ、今聞いたばかりだと示すように驚いた表情を浮かべてみせた。
これくらいの演技は慣れたものだ。



「でも、もしそうなると、波柴先輩の負担が増えて大変ね」

「あー、なまえさんって会長とも仲良かったっけ」

「でも副会長って仕事してたの? なんか、なまえさんの方が会長の手伝いとかやってなかった?」



なまえさんがいるなら、副会長なんていなくても困んないんじゃない?
あっ、勿論なまえさんが仕事やればって意味じゃなくて。なまえさんみたいな人が手伝ってくれれば、会長も心強いかなって意味だから。

そんな手放しの褒め言葉やフォローに、私はそっと苦笑を浮かべる。
できないことは沢山あるのよ、と。



「みんな大袈裟だし、一応私は一般生徒だからね?」



さて、人の集まり始めた教室内に落としたこの台詞が、どこまでの効力を発揮するのか。
答えが出るまで、そう時間はかかりそうにない。

20140423. 

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